【ヴィム・ヴェンダース監督作】映画『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』──あなたは人を守り、そのお陰で守られた【Time Itself】

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エミット・フレスティという男

 人間となったカシエルが街へ向かい、通路で違法賭博の人だかりを見ていたときに現れた謎の男は、その後も様々な人物に身を変え、ことあるごとにカシエルの前に現れては彼の人生を困難へと向かわせます。

 そうかと思えば、カシエルにはもうその姿を見ることができない天使ラファエラとも会話をしていて(そのときの映像はもちろん天使の視点であるモノクロに)、この謎の男はただの人間ではないことも早い段階で判明します。

 どうやらこの男は堕天使であり、ダミエルやカシエル、そしてピーター・フォークのように「人間となった元天使」とは違い、天使たちの姿を見たり彼らと話したりすることもできる特殊な存在のようです。(なお天使と話しているときのエミットの姿は天使と同様、人間の目には見えない)

 3度目にカシエルとコンタクトをとったとき、初めてこの謎の男は自身の名を名乗ります。

「エミット・フレスティ」

 そしてこのときエミットは、わざわざ名前の綴りをカシエルに告げています。

「EMIT FLESTI」

 

 ここで先ほども引用したパンフレットに掲載されているエッセイの中から、エミットに関する部分を引用して紹介します。

 地上に降りたカシエルの出向く所に常に先回りしているエミット・フレスティ(ウィレム・デフォー)。EMIT FLESTIというつづりを逆に読めば分かるように、彼は<時そのもの>として、カシエルの運命をたどり、クライマックスへとドラマを導いてゆく。

 デフォーがヴェンダースから電話を受けたのは、撮影がすでに始まってからだった。

 ヴェンダースは、『ベルリン・天使の詩』とは異なった、『時の翼にのって』の物語が語られるべき形(フォーム)を見つけられず苦しんでいた。デフォーへの電話は「君が必要だ。脚本はない。演じてほしい役のアイデアはこうだ……」

 デフォーは即、現場へ飛び、<時>を、「人が生きることの喜びの代価として向かい合わねばならないもの」を形象した。

 エミットにとっても最大の場面であるクライマックスで使われている巨大な機械室は、運河の水門を開閉する設備。「機械の時代を象徴するような、世紀の変わり目のモニュメントともいえるものだった。見つけられたのは奇跡のような偶然だ」(ヴェンダース)

 スペクタクルともいえるこの場面、そしてその夜のエピローグ。一貫した静けさは、<人間の運命>を見つめるヴェンダースの視線が作り出したものだ。その視線は、ダミエルやカシエルと同じ、そしてこの作品に関わった人々と同じ、「もと天使」のものなのだ。

 

 エミット・フレスティ(EMIT FLESTI)という名前は、逆さまにすると

「TIME ITSELF」(時そのもの)

となります。

 英語版のWikipediaには、エミットについてこのような感じのことが書かれています。(ほぼDeepL翻訳によるものw)

フレスティは自身が「時そのもの」であることを明かし、カシエルに「自分が人間の世界に属していないことを理解させなければならない」と言う。

 

 エミットは時を司る堕天使であり、カシエルをどんどん悪い方向へ導くような行いをしているように見えるその行動は、この世界に存在してはいけないカシエルを「本来あるべき場所へ還す」ためにやっていることであり、時の流れを摂理に則ったものとするための行動なのでした。

 先ほど引用した英語版Wikipediaの中で「Time」という単語にリンクがついていて、そのリンク先が「Father Time」の項目となっています。

 「Father Time」とは「時間」を擬人化した存在で、時には翼を持ち、ローブを着て大きな鎌と砂時計(もしくは他の計時装置)を持った姿で描かれるとのこと。

(時間の神とされるクロノスとはまた違うようですが、詳しいことは分かりません)

 エミットはときどき自身の懐中時計に目をやりますが、その時計には針がありません。ただ歯車が規則正しく動いているだけです。

 クライマックスの場面、カシエルが撃たれたあとエミットは回転する大きな歯車を摑んでその動きを遅らせます。

 すると銃を手に追ってきたパツケの手下の動きがスローモーションになり、エミットの時計の歯車もまた動きが遅くなりました。それはこのとき実際に時の流れが遅くなったことを意味しています。

 この間に救出に向かったダミエルの仲間がパツケ一味を捕らえ、皆を助けることに成功します。そしてそれを確認したエミットは、ふたたび歯車を動かして時の流れを元に戻したのでした。

 

 今作でのキーパーソンは間違いなくエミットであるといえるでしょう。トリックスター的な側面を持ちながらも、実は「時」という大いなる摂理を守る役割を担う者として不可欠な存在であり、実際に彼がその役割を果たすことにより、カシエル自身もその摂理の中へ還っていくことができたのでした。

 それにしても「撮影がすでに始まっていながらも『時の翼にのって』の物語が語られるべき形(フォーム)を見つけられず苦しんでいた」ヴェンダース監督からの「君が必要だ。脚本はない。演じてほしい役のアイデアはこうだ……」という、なかなかの危うげな状況とも感じ取れる要請を受けて即座に現地へ飛んだウィレム・デフォーという男……さすがですね。

 

 

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タイトルについて

 今作の英題は『Faraway, So Close!』で、意味としては「遥か彼方のようで、とても近い」みたいな感じになるかと思います。これは映画内でも天使だった頃のカシエルの言葉として登場しています。ドイツ語の原題である『In weiter Ferne, so nah!』も意味は同じです。

 それに対し邦題は『時の翼にのって』という、原題とは全く違うものとなっていますが、今作では「時」が重要なテーマとなっていて、カシエルたち天使のセリフにも幾度となく「時」というフレーズが出てきますので、そちらのほうに焦点を合わせての題名にしたものと考えられます。

 また先述のエミットという存在が「時を司る堕天使」であることに加えて、(これはあとで書きますが)今作でのカシエルの行動と「翼」が大きく関係していることを考えると、この邦題も内容から外れることなく付けられた、なかなかよいタイトルであるように思えます。

 前作『ベルリン・天使の詩』はタイトルとしてとても趣きがあるものの、こちらも原題や英題からは大きく外れていて、物語の内容よりも、雰囲気とか受けるインスピレーションを重視して付けられたタイトル、といった印象を受けました。

 とは言っても、天使が語る言葉の詩的な響きや、クライマックスでのマリオンの長い語りが持っている叙情性はこの邦題にぴったりですし、映画そのものが大きな起伏がなく(今作と比べるととくにそう感じる)最後まで穏やかに流れるような作品でしたので、もちろんこの邦題もすごくよく考えられた素晴らしいものだと思っています。

 前作の原題は『Der Himmel über Berlin』で「ベルリンの空の上に」(辞書頼りの訳なのでちょっと違うかも…)みたいな感じの意味ですが、英題は『Wings of Desire』となっており「欲望の翼」という意味となります。

 まぁ内容的に「Desire」を「欲望」と訳すのはいかがなものか、という話ではありますが、香港の名作映画で邦題が『欲望の翼』というのがありますし『欲望という名の電車』は原題が『A Streetcar Named Desire』だったりしますから。。

 そんな前作のタイトルとの関係性もあって、この『時の翼にのって』という邦題もまた、理に適ったいいタイトルなのではないでしょうか。

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