三崎町三丁目通信

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©Celine Croze

映画『火の山のマリア』──人の業や愛はどこに生きる人間でもだいたい同じ

投稿日:2018年7月3日

 

 グアテマラの火山のふもとに暮らす、ある農家の少女の物語『火の山のマリア』(2016年日本公開)は、スペイン語が公用語のグアテマラ映画ですが、作中で話される言語のほとんどは、マヤ人の言語である“カクチケル語”です。この先住民族が使う言語と、公用語であるスペイン語との壁が、のちに物語に大きく影響してくることになります。

 

 と、映画の話に入るその前に、グアテマラという国について私たち日本人はどれくらい知っているのでしょうか。

 

 この映画が公開された当時、私はとあるオンライン語学スクールで、Skypeを介してグアテマラの先生にスペイン語を習っていました。

 そのレッスンは、途中お休みしていた期間はあったものの2年近く続けることとなり、それまで全くと言っていいほど知らない国だったグアテマラが、自分の中で特別な国のひとつになっていったのでした。残念ながら行ったことはありませんが…

 

 

 こちらの作品は劇場公開時に見ることが出来なかったので、毎度おなじみのHuluでの鑑賞となりました。2週間無料のお試し期間もあって、なかなか便利です。

 

 

 

グアテマラとはどういう国か

 

 

 グアテマラについて日本人が知っていることといったら、おそらくほとんどの人は

 

「コーヒー」「マヤ文明

 

 この2つに尽きるんじゃないかと思います。最近ではもしかしたら折り紙を愛するおじさんのいる国として覚えている人もいるかもしれませんね。…あの番組、私の住んでいる県ではテレ東の系列局がないために半年とか1年以上遅れで、しかも不定期に放送されていたりしますが、このおじさんの回はボロ泣きしながら見ておりました(笑)。

 

 そんな感じで、私たち日本人にとってはあまりにも情報が足りないグアテマラ、きっと多くの方は正確な場所も分からないのではないかと。

 

 アメリカの下にメキシコがあって、さらにその下(の太平洋側)に位置する国がグアテマラです。(地図参照)

 

国旗のカラーを乗せてみました

 

 

 

 首都のグアテマラシティは治安の悪さで有名なようですが、そこよりもかつての首都アンティグアや、グアテマラシティに次いで人口の多いケツァルテナンゴのほうが旅行者にも人気があるようです。またWikipediaによると、ラテンアメリカの国のなかで、最初に日本人が移民した国がグアテマラなんだそうです。へぇ~そうだったんですね。何となくブラジルかペルーのどっちかなのかなぁと思っていました。

 

 公用言語は冒頭にも書いた通りスペイン語、通貨の単位はケツァル(GTQ)です。上記の都市ケツァルテナンゴにもその名前が入っている「ケツァル」という名前はグアテマラの国鳥である美しい鳥、ケツァールからきています。

 

 

グアテマラと火山

 

©Celine Croze

 

 

 原題の『IXCANUL』はカクチケル語で「火山」、英語タイトルもそのまんま『VOLCANO』です。ちなみにスペイン語だと『volcán』になります。

 

 ときに噴火する活火山があり、地震国でもあるところは日本と共通しています。そして2018年6月にフエゴ火山が噴火し、多大な被害と大勢の犠牲者が出てしまいました。日本ではあまり詳しく報道されていなかったようですが、私は噴火した日の朝(日本時間で)からこちらのサイトで現地の報道をずっと見ておりました。

 

 日本のニュースでは絶対に流せないようなショッキングな映像も目にすることとなりましたが、そのうち国内から物資がたくさん届き、配給の列に並ぶ人たちや捜索の手伝いをしようとする現地の人々、避難所でボランティアとして働く方々など、日本で同じような災害が起きたときに目にするものと同じような光景も報道されるようになっていました。

 

 自分の拙いスペイン語能力でなんとか意味を理解できた現地ボランティアさんのインタビューでは、

 

「この災害は非常に残念で辛いものだけれど、こんなふうに協力して助け合おうとする人が沢山いることを知りました。ですからこんな状況であっても、私は希望を持っています」

 

といったようなことを語っておられました。

 

 メキシコほど大きくはないけれど、他の中米諸国と比べると比較的安定していて、アメリカ文化の影響が強く(私はしょっちゅう先生とレッスンでハリウッド映画の話をしていました)そういった都市部の人々と、この映画の舞台のような田舎の素朴な生活を送る先住民族の人々が、それぞれの環境で異なった暮らしを送っている──そんな国がグアテマラです。(行ったこともないくせに偉そうに書いていてすみません 笑)

 

 また映画の中でも、貧困層の先住民族に対する優遇措置みたいなものの存在がひとつの大きなポイントとなっていましたね。

 

 

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あらすじ

 

 

©Celine Croze

 

 火山のふもとで農業を営む両親と暮らすマリア。家には電気も水道も通っておらず、自然の恵みに感謝して生きるアニミズム信仰を持った先住民族で、スペイン語は話せない。作物が収穫できなければ借地を追い出されてしまうため、両親は地主のイグナシオ(妻と死別し3人の子どもを男手ひとつで育てている。スペイン語が話せる)に嫁がせようとしている。またイグナシオもマリアのことを気に入っている。

 

 しかしマリアはコーヒー農園で働く若者・ペペに惹かれていて、ペペに抱かれることを条件に彼のアメリカ行きに連れていってもらう約束だったが、短絡的でダメ男体質のペペはマリアを置いて一人で旅立ってしまい、しかも「初めてなら大丈夫」といういい加減な理屈で避妊をしなかったため、マリアは妊娠してしまう。

 

 妊娠がバレたらイグナシオとの結婚が破談になってしまうため、母親は最初のうちは子どもを堕ろさせようとするが、お腹が大きくなってからはイグナシオとの縁談は諦めて子どもを産んで育てるよう勧める。

 

 そんな折、農場ではヘビが多く出てくるようになり、農民たちは畑にも出られないと頭を抱えていた。マリアと母親も、ヘビに噛まれた牛が道に倒れていて今にも息絶えようとしているところに遭遇する。イグナシオが用意したアメリカ製の農薬も効果がない

 

 このままではここで暮らしていけなくなるので、他の土地の地主に雇ってもらえないか画策する両親だが、ヘビを追い払って農地に種を植えてしまえば土地を追い出されることはないだろうと、マリアは母親が言っていた「妊婦が発する匂いでヘビを追い払う」という話を真に受け、霊術師の祈祷とともに農地に入る。だがマリアはヘビに噛まれてしまい、生死の境を彷徨うことに。

 

 イグナシオに街の病院まで車で運んでもらい、一命をとりとめたマリアだが、通訳として医師と話したイグナシオは、母子ともに無事であり、さらに貧困層の農民には国からの補償が出るということをマリアたちには告げずに「子どもは死んだ」と嘘を伝える

 

 悲しみに打ちひしがれ、葬儀の際も見せてもらえなかった亡き我が子を一目みようと墓を掘り起こすマリア。そして持ち帰った棺に入っていたレンガを見て、子どもは実は死んでいないのではと疑い、イグナシオを介して警察に相談しに行く。しかしここでもイグナシオは本当のこととは違うことを通訳し、うやむやにしてしまう。

 

 映画のオープニングと同じ場面。結婚式を前に母親から装飾を付けられ、ベールをかぶせられるマリア。その顔に喜びの色はないが、自身の運命を受け入れ、そこに幸せを見つけて生きてゆくのだろうか。

 

 

環境・言語・貧富の程度に差はあれど、人の営みはそう変わらない

 

 

©Celine Croze

 

 公開される映画にはどれもキャッチコピーがついていますが、今作『火の山のマリア』のキャッチは次のようなものでした。

 

 

グアテマラ、火山のふもとに暮らすマヤ人のマリア。

自らの運命にあらがう魂は、やがて新たな生命をはぐくみ、聖なる大地に祈りを捧げる──。

それは、太古の記憶を呼び覚ます、大いなる「生」の物語。

 

 

 うぅむ…。

 

 

 

 もちろん映画のプロモーションとしては、こういったキャッチコピーのほうが壮大で心に訴えるものがあるように思えるのでしょうから否定も批判もするつもりはありません。

 

 ですが、実際にこれを見た皆さんはこのキャッチコピーから連想するような内容だったと感じたでしょうか?

 

自らの運命にあらがう魂?

 

太古の記憶を呼び覚ます?

 

 

 私がこの映画を見て感じたことは

 

「人間というものは結局、どのような環境で生まれ育ったとしてもその営みは根本的には変わらない」

 

 というものでした。

 

 性に対する若者の関心、大人の性欲、盲目的な富める国への憧れ、“大いなるもの”への畏怖の念と、それを飯の種にする人たちのいい加減さ、男の狡さ、我が子への愛、差別、社会と制度の矛盾、生き物の命について、などなど。

 

 日本も含めてどこの国でも、先進国だろうが後進国だろうが、都会でも田舎でも、それが現代の話でも昔のことでも、常に当たり前のように存在することばかりだな、という印象を持ちました。

 

 公用語も話されない山の中の農村地帯でも、男は酒場で酒を飲んで下品な話をするし、おばさんは娘が横で寝ていても旦那とおっぱじめる。種付けするために小屋へ入れた豚の発情を促すためにラム酒を飲ませたり、アメリカまで行く現実的・具体的な方法や自分の国の地理についてもろくに知らないのに「そんな考えだからこの国はダメなんだ」と偉そうに語るろくでなし男。自称「誠実な男」は嘘をつき、自身の今後のために妻となる女の赤ちゃんを秘密裏に売ってしまう。自分たちが生活できなくなるかもしれないということよりも、娘と娘の赤ちゃんのことを何より大事にする母親の愛

 

 立派な社会制度があっても、それを正しく使うことができない矛盾(言葉が通じず肝心の弱者がその制度の存在を知らない、そしてその問題をだれも解決しようとしていない)や、抜け出せることのなさそうな貧困の連鎖といったことも考えさせられるものがありましたが、これを見た世界中の人々(ベルリン国際映画祭で銀熊賞、アカデミー賞・外国語映画賞にノミネート)と同様に、私たちのほとんどは単なるひとりの鑑賞者としてそれを「見る」だけです。それもまた人間、というものなのでしょう。

 

 

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「国のあだ名」ってご存知ですか?

 

 

 世界中の国には、あだ名を持つ国が数多くあります。例えばタイ「微笑みの国」メキシコだと「太陽の国」といった感じで。

 

 以前私がグアテマラの先生とのレッスンでこれについて調べたとき、イタリアのあだ名が「ブーツ」と書いてあって笑ったのを覚えています。いや、もちろん分かるんだけどもうちょっとカッコいい言い方とかないの?っていう(笑)。

 

 日本はというと、歴史でも習うかの有名な「日出づる国」がそれにあたります。なんて格好いいんでしょうか。ちょっと話がそれますが、昔大相撲の海外巡業の際、当時の横綱・曙関の英語でのしこ名が「Rising Sun」となっていて「おおっ」と思いました(笑)。

 

 

 「日出づる国」をスペイン語で書くと

 

El país del sol naciente(エル・パイス・デル・ソル・ナシエンテ)」。

 

 そのものズバリ「日が昇る国」です。

 

 

 そして今作の舞台となったグアテマラは、このようなあだ名を持っています。

 

 「El país de la eterna primavera(エル・パイス・デ・ラ・エテルナ・プリマベーラ)」。

 

 意味は「永遠の春の国」または「常春の国」です。このあだ名を先生から聞いたときには、この美しい言葉の響きに感動して思わず拍手したものです。

 

 

 

 これ以上グアテマラに火山の被害が出ないことと、一日も早い現地の復興を、心よりお祈りしております。

 

 

  • この記事を書いた人

33press管理人

2012年より某地方在住。映画と音楽と雑学とスポーツ観戦が好きで、2017年下半期はツイン・ピークスの新シリーズにはまっていました。フリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナーをやってます。 びっくりするくらい将棋が弱いです。16年にDELE A2に合格。A2てw

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