【台湾】映画『1秒先の彼女』──ちゃんと回収されていくのが気持ちいい【勝手に考察】

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 久しぶりに映画館で映画が観たいなと思い、それまでの暑さからは考えられないような異様な寒さと悪天候がようやく過ぎた8月の下旬、台湾アカデミー賞で最多の5部門を受賞したというチェン・ユーシュン監督の映画1秒先の彼女』を観てきました。

 さてとりあえず率直な感想から。

 

本当にいい映画でした。

 

 このあともほとんどいいことしか書けないので、唯一残念だった点を今のうちに書いておこうと思います(笑)。

 

 タイエビブロックチェーン(名前はリウ・ウェンセン)がバレンタインの当日にどうなったのか、待ち合わせ場所に来ずに逃げたのか極道に捕まったのか、というところが分からずじまいだったことがちょっとモヤッとしました。途中からどうでもいいキャラになったとはいえ(笑)、少しだけでも触れてほしかったような…

 

 以上、かろうじてマイナスと言える点はここだけ。

 

 いやー、思いつきで観に行ってよかったです。中盤くらいまでは「ドラマの2時間スペシャルみたいな軽さだけどそういうのもたまにはいいか…」といった感じだったので、さほど期待せずに見ていたんですが後半からの予想外の展開と謎部分の回収のされ方の見事さに驚かされ、さらには結構笑いながら見ていたのに最後に不覚にもウルッとさせられてしまったり……。

 この映画もある意味「タイムトラベルもの」のくくりと考えていいように思うのですが(っていうか違うのは分かってるんだけど他にいい分類が思いつかないので)この手のジャンルは

 

矛盾を極力作らないようにすることと出来事の辻褄を合わせること(あれ、同じこと言ってる?w)

 

 が面白い作品となるかどうかの鍵となってくるポイントではないかと考えています。

 その点からも今作は非常にうまく出来ており、時間に関する非日常的な3つの点(人よりも常に「ワンテンポ早い」女と、人よりも常に「ワンテンポ遅い」男という、“サラッと説明してるけど明らかに不可思議”な2つの特徴と「一日が消えた」という計3点)がどういう理由・結果に結びつくのか全く予想できず、のちに明かされるその真相も実に面白いものでした。

 また今作で大きな意味を持つ、郵便局勤めの主人公ヤン・シャオチーと毎日手紙を出しにくる“変人”ウー・グアタイの関係(または繋がり)の真相の描き方も巧妙そのもので、監督の狙い通りにうまいこと乗せられたな、といった感じでした。

 

ふたりの人生が初めて交わった地点がどこだったのか──

 

 ということについては、映画中盤でのウー・グアタイのパートによって明らかに……なったと思っていたら(高校生のときにバスで出会った)、実はもっともっと以前に知り合っていたこと、そして毎日わざわざ切手を1枚購入しては手紙を出しに来るというウー・グアタイのおかしなな行為にも深い意味があったこと(それは単に好きな女性に毎日会いたいという理由だけではなかった)が終盤で判明し、それまでコメディタッチで描かれていた“なにかと残念なタイプの男”というキャラが一気にひっくり返ることになります。

 そしてラストでヤン・シャオチーの前に彼が現れるあの感動的な結末には「おいおいやめてくれよ……」と軽く狼狽する始末(笑)。なんだよコメディ映画じゃなかったのかよ! みたいな。

 

これはヤン・シャオチーが席を外している間にウー・グアタイがやってきて最後の最後でもすれ違ってしまう展開かなぁ~

 

 と、ちょっとハラハラしながら見ていたので、普通にちゃんと再会できて逆に驚きました(笑)。松葉杖をついたその姿から、車にはねられてからの8ヶ月間(あれはちょっとショッキングな映像でしたね)彼がずっと入院していたであろうことが読み取れます。きっと以前の郵便局に行ってヤン・シャオチーがいないことを他の局員に聞くなりしてそこへやってきたのでしょうね。

 このラストの感動的な再会の場面ですが、私の勝手な解釈ですがちょっとした考察みたいなものがあります。他の人たちとは違う時間の進み方で生きているふたりの出会いと再会までの間に起きたことがどのように作用していたのか、なども含めて考えてみました。

人とは(ちょっとだけ)違う時間を生きるふたり

 子どもの頃から常に「人よりワンテンポ早い」という特徴を持っていた主人公のヤン・シャオチー。

 そして子どもの頃から常に「人よりワンテンポ遅い」という特徴を持っていた青年、ウー・グアタイ。

 「人よりワンテンポ早い」ということは、つまり「人より少しだけ時間の進みが早い世界に生きている」ということで、ヤン・シャオチーは1日に24時間消費する普通の人たちと違い、24時間プラスα(ワンテンポ早い分)を1日に消費してしまう人。

 そして「人よりワンテンポ遅い」ウー・グアタイは、その反対で1日に消費する時間が24時間よりもちょっと(ワンテンポ遅い分)少ない、という人。

 このふたりの時間の進み方(または使い方)をスマホに例えると、他の人よりも1日のパケット消費量がちょっと多いのがヤン・シャオチー、人よりもちょっと少ないのがウー・グアタイ、といった感じでしょうか。

 この世界に生きるものには皆平等の時間が与えられているのだとすれば、例えば「うるう年」という人間が作ったルールで暦のズレを調整するように、時間の進みが他と違う人たちはどこかでそのズレを「調整」するときがやってくる──という、非常に面白い発想・解釈によって辻褄合わせがされていきます。

 

 先ほどのスマホの例えに沿って説明すると、全ての契約者が1ヶ月に使用できるパケットは一律である場合、

 

人より先にパケットがなくなるため、その使い切った分に相当する期間はネットに接続できなくなるのがヤン・シャオチー。清算されて翌月になるまでの何も出来ない期間というのが発生し、彼女の身に起きた「1日が消えた」という現象がそれに相当する。

 

逆に1ヶ月経ってもパケットを全部使い切れないため、清算されて翌月になる前に貯まってしまったパケットを使い切るためのボーナスデイが与えられるのがウー・グアタイ。

 

 という感じでしょうか。

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