『はじまりのうた』『シング・ストリート』と異なる部分、共通する部分
次作『はじまりのうた』、次々作『シング・ストリート 未来へのうた』では、主演以外のバンドメンバーもそれぞれキャラが立っていて面白かったのですが、この『ONCE ダブリンの街角で』ではあまり目立つ存在ではありませんでした。
これも予算や制作スケジュールの都合なのかもしれませんが、この作品では主演の二人にはっきり焦点を当てたほうが話がぼやけないと思うので、これで良かったのかもしれません。
それにバンドメンバーのキャラが立っていることの面白さは、後に続く2作品でのお楽しみということで(笑)。
それとは逆に、共通する部分としては何といっても
“ギター1本で静かに始まった「歌」に、少しずつバンドの音が重なってきてひとつの「曲」になっていくときの高揚感”
でしょう。これこそがジョン・カーニー監督作品の醍醐味であり、監督お得意の「音楽の魔法」というやつですね。
また、細かいところではありますが、“男”の部屋でリハーサルをしているときに父親がお茶を持ってきてくれる場面がありましたが、これと同じような場面が『シング・ストリート 未来へのうた』でも出てきます。息子の音楽活動に理解のある親……こういうのって地味にいいですよねぇ。『はじまりのうた』の屋上レコーディングでも親子競演のいいシーンがありましたが、監督自身の経験が反映されていたりするのでしょうか。
優しいサブ(またはモブ)キャラたち
他にも今作の作品の素晴らしいところのひとつとして、「サブ(またはモブ)キャラが二人に対して優しい眼差しを持っている」という点が挙げられます。
最初のセッションでの楽器屋のご主人は、熱を帯びて歌声が大きくなってきた“男”(と“女”)の演奏に嫌な顔をするどころか「若ぇの、なかなかやるじゃないか」みたいな優しい微笑みを浮かべていました。
またそのセッションの後、“男”の家へ掃除機を持って行くバスの中でもつい大声で演奏してしまった“男”に対して、同乗していた老婦人もやはり怒ることなく微笑んでいます。
スタジオで録音する費用を捻出するため、中古のスーツを着込んで(このスーツ姿が見事なまでにダサいw)会いに行った銀行の融資担当の男に至っては、自身の音楽好きにスイッチが入ったのか(笑)、目の前でギターを弾きながら歌い出したりして、まさかの即決(笑)。曲はもちろん素晴らしいんだけど、こういう場合は大抵まともに相手してもらえなかったりするものですが…うまくいくもんですね(笑)。
そして録音当日、最初は彼らをナメていたエンジニアのエイモンも演奏を聞いて態度を豹変(笑)。一転してとことんレコーディングに付き合い、朝にはカー・テストを兼ねたドライブにまで連れ出してくれる。実力主義といえばそれまでだけど、認めた相手には絶対手を抜かないのはプロとして流石だなと思いました。
ちなみにエイモンの車はベンツの300TDでしたが、フロントのエムブレムがちょっと曲がっています。どこかの悪ガキにでもやられたのでしょうか(笑)。
あとはやはり“男”の父親。これに尽きます。作品の中には出てこない設定なので分かりませんが、おそらく息子の音楽への情熱や夢に対して、反対したことなどなかったのでは。温かく、そして威厳を持って息子を送り出すお父さん、とっても格好いいです。
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