三崎町三丁目通信

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映画『セックスと嘘とビデオテープ』(ネタバレ)──テープに関わった人は皆、その影響を受ける

投稿日:2018年9月4日

 

 スティーブン・ソダーバーグ監督の長編初監督作品(当時28歳!)である、この『セックスと嘘とビデオテープ』1989年)を私が最初に見たのはたしか90年か91年だったと思います。東京で一人暮らしをするギリ10代の学生でした。懐かしい。。

 

 こじらせた厨二病と(笑)、思春期に体験した幾つかの挫折、そして「自分は何か特別な存在なんじゃないか」という、これまたこの時期にありがちな勘違いにより(笑)、内に内にと籠りがちだった自分にとっては当時、めちゃくちゃ共感した映画でした(特にグレアムの「人の人生に影響を与えないように生きてきた」という部分)。あとこの映画を見てからはかなり長い間、自分の中での好きな女優はアンディ・マクダウェルで固定でした。

 

 田舎に住む高校生時代から「仕事はお金を稼ぐためのもの」「それでお金を稼いで生きていくのが当たり前」「好きか嫌いかじゃなくて給料が良くて安定しているかどうかが大事」「みんなそうやって生活している」「早く結婚して子どもがいて自分の家を持つのが幸せ」といった周りの価値観にどうしても馴染めずにいたので、この映画のグレアムのような、社会の歯車からはみ出しつつもなぜかお金はあり(ここが重要なポイント① 笑)、ちょっと芸術家風情でミステリアス、自分が作った世界(誰にも迷惑をかけず、そのかわり自分だけが満足できるとても小さい世界)で生きていながら、それでも美女が向こうから近づいてきて自分の世界に入ってくる(重要ポイント② 笑)という生き方に対して「これだ!」というようなものを見出していたのかもしれません(笑)。映画ではその生き方は最終的に否定されることになったのにも関わらず……

 

 

 

当時は気付かなかった部分

 

 上記の通り、物事の表層だけを見て勝手に影響を受けていた若き日の私には、この映画の細かいところまではよく分かっていなかったようです。

 

 例えば、妹のシンシアは実は頭がよくて、あの中では人として一番まともだったこと。もちろん姉の夫と不倫している時点でまともではないですが、他の3人の歪みに比べれば一番ストレートな生き方をしている人でしたね。

 

 またアンがいかに精神的に不健康・不健全な状態だったか──ということもある程度しか分かっていませんでした。当時は水回りの掃除をしている場面で蛇口を執拗に磨いているのを見て、ちょっと病的だな…くらいにしか思わなかったのですが、見直してみると最初のカウンセリングから不健全そのもので、しかも自分自身がそのことにはっきり気付いていない。精神科医のカウンセリングを受けているのだから自分がおかしいということはもちろん自覚しているのでしょうけど。

 

 

 アンは自分を「人とは、女性とはこうあるべきもの」という観念に縛り付けているために自分を全く解放できていません

 

 

 自分の中に溜め込んだものを解放できずにいるものの、それを押さえつけているのは他でもない自分が作り出した観念なので、「自分の正義の範疇で」解決出来ないものは全て正しくないと思っていて、自身に問題があることは自覚していつつも、原因がその固定観念だということを分かっていない。だから潜在的な不満は常に、自分の正義感・倫理観とは別のところで生きている人に向かう。(ゴミの問題、社会の不平等、奔放な妹など)

 

 

 

ビデオテープがもたらしたもの

 

 グレアムのビデオテープについて、映画を見た人がどのような印象を持っているのか分かりませんが、私は当時から共感できる何かを感じていました。「自分の秘密を話す」ということはある意味ではセックス以上に自分を解放する行為のひとつなのかもしれませんが、大事なのはそれが「閉じられた空間」でのものであり(グレアムだけが知ること=グレアムの作り出した小さい世界だけに置いてあるもの)、なおかつそれを受け止めるグレアムが決してその「秘密」を否定せず、また性的な内容であっても下品な聞き方・受け取り方をしない、そして相手の世界に干渉しないという点なのではないかと思います。

 

 結局このビデオテープによるインタビューという行為は、グレアムにはそういう意図がなかったにせよ、ある意味完全なカウンセリングであり、結果として登場人物4人のうち3人がこのビデオテープでのカウンセリングによって自己を解放することになったわけで、この『セックスと嘘とビデオテープ』という映画は、3人の心の解放の話なのではないかと思うようになりました。

 

 

 

シンシアの場合

 

 シンシアは一見しただけでは物語の中では単なるトリガー役に見えなくもないですが、美人で聡明、成功している弁護士の夫と大きな家に暮らす姉──おそらくは小さい頃から「美人でよくできた姉」と比べられてきた反動で奔放な生き方を選ぶようになり、堅物でいつも自分を上から否定する姉、に対して反発する気持ちを持ってきたシンシアは、それ故に姉の夫との不倫を続けていたのでしょう。アンの夫ジョンのことは人として全く好きではないし、愛してもいません。

 

 ですがグレアムと出会い、ビデオテープを通じて自己を解放したことで、シンシアは自分の欲求のはけ口として(そして姉への当てつけとしての意味も含めて)利用していたジョンとの関係を断ち切ることに決め、反発してはいたものの本当は大事に思っている姉との関係をよくしたいと思うようになります。

 

 

 

アンの場合

 

 アンは夫と妹が不倫をしていたことを知り、いよいよ自分の中の不満や怒りが許容できないレベルに達しますが、自分ではどうすることも出来ず、車に籠ってエンジンを吹かし耳を塞ぐのみ。

 

 あちこち当てもなく走ったあとにグレアムのもとを行き、あれだけ否定していたビデオテープのインタビューを自ら受けることにします。

 

 そもそもの前提が「セックスについて話す」というインタビューなので、これまで精神科医には本当のことを話して自己を解放することができなかったアンも、ここでようやく本当の内面を語るようになります。ですがアンにとって本当に大事だったことは、「自分の内面をさらけ出すことによって自己を解放すること」ではありませんでした。

 

 結婚して自身の仕事を辞め専業主婦となり、夫の稼ぎで「生活させてもらっている」という“自分という存在の価値の低さ”が病んでいることの大きな理由でもあるのに、人とはこうあるもの、女とはこうあるもの、といった“自分が決めた固定観念”で自らを縛っていたがために身動きが取れなくなって苦しんでいたのでした。だから自分とは正反対に、好きなことを好きなようにやって生きている(ように見える)妹に対して腹を立てていたのでしょう。

 

 自分で自分の心を縛って身動きできなくなっているアンにとっての「自己を解放する」方法は、自分を語ることではなく、自分と同様に病んでいて、健全ではなく、そして苦しんでいる男──グレアムの心を解放させてあげることだったのでした。

 

 

 少し脇道に逸れますが、外国語の習得について言われていることで、習得に役立つ方法をランクで分けていった場合、「読む」「書く」などはかなりランクが低いのに対し、「話す」ことのランクが高いということは理解できると思いますが、最も有効性が高いのは「人に教える」ことなのだそうです。

 

 

 アンもグレアムの病んでいる部分を見つけ、聞き出し、導いていくことで自分の中の問題点や溜め込んでいたことを解放し、自由になれたのだと私は思います。アングレアムの後ろに回り、彼の肩に触れる前にロザリオを握りしめ、大きくため息をつく場面は、自分を縛っていたものから今まさに自己を解放しようと決意した瞬間であるように感じました。

 

 

 

グレアムの場合

 

 そしてグレアムもまた、「人の人生に影響を与えないように、誰にも迷惑をかけず、立ち入って干渉しないことで保ってきた」自身が作り出した(健全とは言えない)世界から、自らが行っていたビデオテープでのインタビューを逆に自分が受けることで、自分がこれまで内側にしか向かってこなかった生き方の間違いに気付かされ、またこれまでグレアムの前には現れなかった、自分のことを深いところまで知ったうえで受け止めてくれる女性が現れたことで、「人に影響を与えることへの怖れ」から解放され、その女性(=アン)に身を委ね、自分だけの世界から外に出ることが出来たのではないでしょうか。

 

 

 

 

 ラスト、グレアムの部屋の前で二人が微笑みながら話す場面での、

 

 

アン「雨になりそうね」

グレアム「もう降ってる」

 

 

 という台詞も、これからの二人は何か起こっても現実にちゃんと向き合い、受け入れていけるのだろう──ということが感じられて良いエンディングだなぁと思います。

 

 

 ところでこの映画に影響されて「自分もそういった相手と出会いたい!」なんて考える人がたくさんいたことと思いますが(自分もそうでした 笑)、おそらく多くの場合は、単なる共依存に陥ってお互いダメになって終了、というパターンが待っているだけだと思われますので、どうぞお気をつけください──

 

 って言ってもこれを見た人の年齢を考えたら今さら言っても意味ないんでしょうけどね(笑)。

 

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三崎町三丁目通信の主筆・Kです(個人運営ですが)。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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