【レオス・カラックス監督作】映画『ポンヌフの恋人』②──エンディングについて、そして橋とポエムとアレックスのアレ【アレックス青春三部作】

ENTERTAINMENT

 レビュー①のほうで「アレックス青春三部作」の簡単な比較や共通点についてや、エンディングの前までの考察的なものを書きました。

 

【レオス・カラックス監督作】映画『ポンヌフの恋人』①──過去2作との違いと終盤までの考察など【アレックス青春三部作】
...

 

 こちらのレビュー②では、前2作および次作となる『ポーラX』などとは大きく異なるエンディングについて、雑誌に掲載されていた関係者へのインタビューなどを一部引用して紹介するとともに、レビュー①とは違った視点(ツッコミどころ的な)で過去2作と比較していきます。

 そして当時この映画を見て、とある橋が好きになった個人的な思い出話なども書いていきますが、もちろん興味がない方はスルーしていただいて結構です(笑)。

 

スポンサーリンク

「あの」エンディングについて

 ある意味で予想外ともいえる、希望を感じる「あの」エンディング──あれは一体どのような経緯で採用されることになったのか気になるところです。なにせ『ボーイ・ミーツ・ガール』から『ポーラX』までの作品で、最後に誰も○○○かったのはこの『ポンヌフの恋人』ですので。

 それはパンフレットや雑誌のインタビューなどから知ることができます。

 ですがその前に、橋から落ちたあとのシーンの中で気になったところを最初に書いていくことにします。

 まず、ふたりが砂の運搬船の上を先頭に向かって走っていったあとでミシェルが歌を歌っていましたが、あれは睡眠薬で稼いだお金(正確には盗んだのですが)を川に落としてしまう場面で歌っていた歌と同じで、さらには冒頭でアレックスが乗せられたバスの中でホームレスの女性が歌っていたのも同じ歌です。

 なぜこの歌を何度も登場させたのかについて、昔どこかで読んだ記憶があるのですが思い出せません。。

 そしてその後で船の舳先にせり出したミシェルが叫ぶ

 

「まどろめ、パリよ!」

 

 という台詞は、公開当時は

 

「目覚めよ、パリ!」

 

 でした。パンフレットにもそう書いてあります。

 フランス語は分からないので実際に何と言っているのか、全く分かりませんがどこかの段階で訳を変えることになったようですね。まぁほとんど真逆といっていい違いですので、現在のほうが直訳になるんでしょうかね……

 さらにその舳先のシーンについて気になる点が。

 

あれは一体どういう状態でふたりがせり出しているのでしょうか。

 

 というのも、その直前にふたりが船の先頭に向かって走る映像で船の先端が一瞬だけ映るのでそこで一時停止して確認もしてみたところ、どうやら舳先にはとくに何か突き出しているものがあるわけではないようなんですね。

 てっきり何か幅広で平べったい槍みたいなものがそこにあって、それにうつ伏せに乗っかって大型船の装飾品みたいになっているのかと思ったのですが、どうも画面を見る限り何もないようで…。そこから落ちたら船に巻き込まれて今度こそ助からんぞっていう(笑)。

 

エンディングのいきさつ

 それでは肝心のエンディングのほうに。

 これまでの2作と比べても、またヌーヴェル・ヴァーグの時代から“ヌーヴェル・ヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれたカラックス世代のフランス映画に多く見られた傾向とはだいぶ違う、希望を感じさせるあのエンディングについて、一体どういう経緯であの結末となったのかを語っているインタビューがありましたので、一部引用して紹介します。

 ご存知の方も多いことと思いますが、カラックスは幾つかの結末を想定していたそうで、基本的にはどれも悲劇的な結末だったようです。(川に落ちたあとアレックスだけが浮かんでくる、ミシェルだけが浮かんでくる、どちらも浮かんでこない、など)

 ですがこのときすでにカラックスとのパートナー関係を解消していたジュリエット・ビノシュがそれに猛反対し、結果としてポジティブな結末が採用されることになった──とのこと。

 様々な困難に見舞われ完成まで3年以上かかり、その間にふたりのパートナー関係は終わることになったけれども、彼女にとってこの作品に捧げた日々はカラックスとのプライベートな関係も含めて大切なものだったのでしょう。ゆえにこの物語の結末は悲劇的なものにはしたくなかった、とビノシュが強く主張したというのも納得がいきます。

 『ポーラX』のレビューのほうでも一部引用した『ポンヌフの恋人』『ポーラX』で助監督を務めたエリー・ポワカールへのインタビューに、この点に関しての発言があります。

 

 

<雑誌『STUDIO VOICE』1999年11月号より>

──『ポンヌフ』のラストについてはやはり幾つもの種類があったとか…

20くらいあったかな(笑)。

──ビノシュがハッピーエンドにしたかったという話は?

ええ、彼女はハッピーエンドを望んでいたし、制作の方もそんな感じでした。けれど、シナリオにもラストは書かれていて、まあそれはそんなにいいものではなかったけど、書いてあったのです。それは『汚れた血』のような、詩的なラストでした。その最初の案では、二人が水の中を進むというシーンだった。後はねぇ、それはたくさん…。二人が浮き上がって、一緒にヴェール・ギャランの端に辿り着いてとか、それぞれ反対の岸にあがってとか、10年後に再会してとか、いっぱいありましたよ。けれど、ジュリエットと制作側が望んだ終わり方というのがあって。まあ他の可能性では、彼女は浮き上がってとか、彼だけとか、二人とも浮いてこないとか、たくさんありました。

──カイエの別冊の中でもミュッセの『世紀児の告白』のような終わり方というのも考えていたと言っていますが?

そうでしょうけれど、ひとつその書かれてあったラストというのは、『汚れた血』で彼女が天に向かうような詩的な感じで、水の中を進んでいて、二人が欄干(らんかん)で声でお互いを確認しあった時のような視線を、その水の中で言葉なしで交わすというものでした。それは書かれてあったけれど、一度も…。第一それでは『汚れた血』の繰り返しのようになっていたでしょう。10年後という可能性に関しては、そのための追加撮影、メイクとか、いろいろあるでしょうし、それと特に、プロデューサーとは結構険悪な感じだったから、不可能だった。すでにビノシュのシーンは撮ってあったから、可能なもので何かしなければならなくて。いつだったか、キレて怒ったことがあって、「二人が水に落ちるところで終わり」って。「見る奴が決めればいい、救命隊に助けられるとか、何でも想像すればいい」と。それで、舳先の像があったりするのです。

──あなたが個人的に望んだラストとは?

はあ(沈黙16秒)…あまりに可能性が多くて。いくつもの試しのラストを撮ってたし。ビノシュのシーンを撮った後は、その音楽を見つける方が先決でした。ラストの可能性を探すよりも。でなかったら、水で落ちたところで終わりというね。シナリオを書く前とか、その最中、撮影の前とかに、いろいろ話していたし。ミシェルが死ぬというアイデアもありましたね。で、彼がそれをジュリエットに話したら、泣かれて、拒否されて、ちょっとした不和があって。「何てこというの! 私を死なせるの!」って(笑)。ジュリエットはそんな感じで「私は死にたくないの!」でしょ、ドニも『汚れた血』で死ななければならないと知ったときは、かなり精神的ショックがあったようですよ。

 

 

 同じく『ポーラX』のレビューで書いていることですが、『ポーラX』でイザベルを演じたカテリーナ・ゴルベワがやはり自殺を図るシーンのあとでベッドから起き上がれないほどに心身ともにダメージを受けたそうなので、役者というのはそういうものなのでしょうね。

 この件については下の『ポーラX』のレビューで取り上げていますので興味がある方はこちらもどうぞ。

【レオス・カラックス】映画『ポーラX』──公開から20年。②原作・関連書籍も絡めて振り返る【本棚通信⑧】
...

 

 …ていうか「それで、舳先の像があったりするのです」って。。。

 

えっ、どういうこと???

 

 

過去作との違い:その2

 最初のほうで「アレックス青春三部作」の前2作とこの『ポンヌフの恋人』の違いを書きましたが、そこから漏れたものとして「主人公たちの台詞の違い」についても触れていこうと思います。

 これまでの2作では、フランス映画にありがちな比喩的表現とか、いちいち回りくどくて面倒くさい台詞回しが多く見られました。というか逆にそれがなかったらレオス・カラックスの映画と言えないんじゃないか、くらいの勢いです(笑)。

 ですが今作では主人公のアレックスが浮浪者なので、そんな台詞回しをしていたら全くリアリティがなくなってしまいます(笑)。

 ミシェルのほうは元々裕福な家の人っぽいので元々はそういう台詞も言える人だったのかもしれませんが、それでも彼女はじきに完全に失明するという絶望を抱えて家出をしホームレスになった人なので、やはりそんな斜に構えた台詞を語るような人物設定ではありませんでした。

 しかし終盤、刑務所でのミシェルとアレックスの会話でようやくそんな「いかにもなポエマー風の語り口」が登場します(笑)。

 ソーシャルな活動というか、都会での文化的な生活から遠く離れ「人の目など気にせず、ただその日を生きる」という生活を送るホームレスだった頃には必要なくても、元の文化的な生活に戻るとフランス人はやはりそういった面倒くさい表現が日常になるものなのでしょうか(笑)。

 

 

だから来たの

夢に誘われて

夢で見た人に翌朝必ず電話するなら──人生はもっと単純ね

“もしもし 夢を見たわ”

“愛で目覚めたの”

 

夢の中でもその瞳は輝いてた

二人で駆け回ったわ

街々を

谷間を 草原を

魔法の長靴をはいて

 

 

 めんどくせえw つーか谷間や草原なんていつ行ったんだよw

 昔はとくに気にならなかったのに、今見るとこんなツッコミを入れてしまいたくなります(笑)。

 ちなみに『ポンヌフの恋人』公開時の冊子『カイエ・ドゥ・シネマ・ジャポン』のドニ・ラヴァンへのインタビュー記事の中にもこのような発言があります。

 

 

(略)〜変化したのは、『ポンヌフの恋人』では登場人物の感情表現がはっきりしてることかな。『ボーイ・ミーツ・ガール』や『汚れた血』ではいくつかの台詞が少し文学的だったから、登場人物のそういう自閉的な部分にのっとって役づくりをしなきゃいけなかったからね。

 

 

 まぁ今作でのアレックスはそういう台詞こそなかったものの(告白の合い言葉は除く)、改めて見てみると

 

そもそもアレックスがちゃんと字が読める

 

 という点に軽い違和感を覚えたりします。これは人生のどの時点でホームレスになったのかにもよるのでしょうけど。

comment

タイトルとURLをコピーしました