三崎町三丁目通信

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【Netflix】映画『ROMA/ローマ』──タイトルの意味、そしてメキシコ人にとっての『ROMA』とは

投稿日:2018年12月22日

 

 勉強も兼ねてスペインをはじめ、メキシコを含む中南米の人や情報系アカウントのツイートをさらっと見ているんですが、12月14日にNetflixにてストリーミング公開された『ROMA/ローマ』という映画について、かなり多くの方が話題にされていたので気になって見てみました。

 メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン監督の自伝的作品と言われる今作『ROMA/ローマ』は、1970年~1971年のメキシコシティが舞台の白黒映画。絶賛の声が多数あるなかで、こういった作品をあまり見ない若者世代や、ルーツ的に今イチ共感ポイントが感じられないという人などにとっては「つまらない」「意味が分からない」といった反応もそれなりの数で出ているようです。それだけ普段こういった映画を見ない層にも多く見られた作品ということなのだと思われますが、もちろんNetflixでの公開ということも関係しているのでしょう。

 

 で、映画を見て感想を書くにあたり、「自分がこの映画を見てどう感じたか」よりも「メキシコの人たちはこの映画を見てどう感じたのだろうか」ということのほうが気になってしまったので、ここではそういった方向性で書いていきたいと思います。

 

 

まずはじめに

 どうしても私たちの感覚(日本語を母国語的に話す唯一の国の人間という意味で)だと、同じ母国語で陸続きの中南米諸国について、それぞれの明確な違いみたいなものは今ひとつ分かりにくかったりします。

 ですが、自分が直接知ってる範囲でメキシコ人とその他の中南米諸国の人たちとを比べてみると、個人的な印象ですが、彼らはやはり他の中南米の人たちとはちょっと違う部分があるように感じています。簡単に言うと「自分たち」に対して強い誇りを持っているというか。

 「そんなもんどこの国の人でも普通そうでしょ」と言われそうですが、メキシコ人はとくにそういった印象が強いイメージがあります。メキシコよりも小さい国・豊かではない国の人の中には、意外なくらいに控えめに自国のプレゼンをする人もいますし…。まぁ、もちろん人によるのでしょうし、心の中には自国への誇りはちゃんと持っているのでしょうけど。

 そして多くの日本人にとって、メキシコという国は「中南米の国のひとつ」という程度の認識なのかもしれませんが、彼らは当然全く違う感覚を持っています。私たち日本人はどうしても「アメリカ合衆国から見たメキシコ」の印象というものに引っ張られがちですよね。。

 アメリカ(USA)と他のラテンアメリカ諸国の間に位置し、超大国アメリカと陸で繋がる唯一のラテンアメリカの国として、良くも悪くも北(USA)と南(ラテンアメリカ諸国)からの影響や双方の問題、歴史などを受け止め、抱えてきた国。──北米でもあり中米でもあり、そしてアメリカが持つメキシコの印象と、他の多くの中南米諸国が持つメキシコの印象が大きく異なるという特異性を持った国(つまり多くの中南米諸国から見たメキシコは「アメリカと隣り合う大国」で、アメリカから見たメキシコは……ということ)──それがメキシコという国なのではないかと、個人的に推測しています。

 この認識のギャップがかなり大きいため、日本人が普通にひとつの映画(洋画)を見る感覚でこの『ROMA/ローマ』を見ても、彼らほどのエモーショナルな感情はなかなか湧いてきません。逆に言うと、今作に対する向こうの人たちの反応はこちらが想像する以上に大きいということでもあります。

 アメリカで活躍するメキシコ人・アルフォンソ監督の、17年ぶりとなる母国を舞台としたスペイン語の映画であり、昔から現在まで続いている問題(階級格差や階級差別、社会における不寛容、女性の尊厳など)を、自身がかつて体験した“家族”の愛の物語に乗せて描いたこの『ROMA/ローマ』という作品が世界中に発信されることの意味は、メキシコ人にとって大きいものがあるのでしょう。「アメリカ側から見たメキシコ」というフィルターがかかっていないところも重要なポイントではないでしょうか。

 

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タイトルの「ROMA」の意味

 メキシコ以外の中南米人のツイートでも多く見かけたので、それよりもさらに馴染みの薄い私たち日本人にとっては余計に「???」だったのではないかと思われるのが、『ROMA』というタイトルの意味です。

 私も見終わるまでこの『ROMA』というタイトルはどこから来るものなのかはっきりとは分からなかったのですが、メキシコの人たちのツイートや解説を読んで以下の2つの意味があることを理解しました。

 

①地区名

 登場人物たちが住んでいる場所がCDMXの「ローマ地区(la Colonia Roma)」であることから、このタイトルとなったようです。まずはこれが大前提の意味となります。

 ちなみに「CDMX」とは「ciudad de México」(シウダー・デ・メヒコ)の略で、「ciudad」は「city」のスペイン語なので、そのまんま「メキシコシティ」のことですね。昔のケータイの通信関連の名称とはたぶん全く関係ありません(笑)。

 またメキシコ人のツイートを読んでいると、舞台となる「ローマ地区」は、CDMXを象徴するような場所だった──とのことです。

 それとクレオが病院にいるときに地震が発生するシーンがありますが、昨年9月のメキシコ中部地震ではこのローマ地区も大きな被害が出た場所のひとつであったようです。地震のシーンを入れたことにも何か思うところがあったのでしょうか…。

 

②回文

 これはいわゆるダブル・ミーニングのタイトルとなっていて、二つ目の意味は「回文」として逆さまから読むと判明します。

 「ROMA」を逆から読むと「愛」という意味のスペイン語「AMOR」になるのです。

 

 監督の自伝的作品であり、過去を遡って監督自身が子どもだった頃、そこにあった「愛」を描いた物語であることを考えると、なるほどね~と腑に落ちる気がします。

 

 

アルフォンソ・キュアロン監督について

 アルフォンソ監督の過去作でこれまで見た作品はガエル・ガルシア・ベルナル(『モーターサイクル・ダイアリーズ』など)とディエゴ・ルナ(『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』など)が主演の『天国の口、終りの楽園。』『ゼロ・グラビティ』の2本で、他に製作として名を連ねた作品ではギレルモ・デル・トロ監督『パンズ・ラビリンス』と、あとギレルモ監督も製作に関わったレオノール・ワトリング(『トーク・トゥ・ハー』など)主演の『タブロイド』の2本で、『ゼロ・グラビティ』以外は全てスペイン語の作品でした。

 というわけで「アルフォンソ監督といえば○○」みたいな知識もありませんし、とくにこの作品に関してはそういった蘊蓄系の説明を見聞きしたいとも個人的には思いません。メキシコの人たちがどうして絶賛しているのか、主人公と同じ時代を生きたおばあちゃん世代の方々がなぜ涙するのかを、少しでも知りたいだけです。

 とはいえ少しだけ書かせてもらうと、オープニングからすでに見られる長回しや、固定された位置からコンパスで円を描くようにカメラが回転して視点が移動するところ、そして被写体が歩く(まはた走る)のに合わせて平行移動する撮り方などはやはり印象的でした。

 『ゼロ・グラビティ』のパンフレットのレビューにも、長回しについて書かれているので一部引用します。

 アルフォンソ・キュアロンにとって、『ゼロ・グラビティ』は7作目の長編監督作になる。だが不思議なことに、本国メキシコで製作したデビュー作『最も危険な愛し方』(91)から本作まで、その作品選びには一貫した方向性のようなものがほとんど見られない。いや、まったくないと言ってしまってもいいくらいだ。

(中略)

 じゃあ、アルフォンソ・キュアロンはそうやって作品に身を捧げる作家性の希薄な職業監督なのか? あらためて思い浮かべたいのは、本作の冒頭、約20分にわたる長回しのシーンだ。無重力空間を漂うカメラが船外ミッション中の乗組員やスペースシャトルの姿を縦横無尽に追いかけ、やがて衝突事故の瞬間をとらえるあの奇跡のようなロングテイクは、彼の映像に対する意識の高さをはっきりと表すものだろう。キュアロンはこれまでの作品でもたびたび長回しを取り入れてきたが、明らかなのは、彼がその長回しの中に自らの希少な作家性を濃く注入してきたということだ。

 

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この映画に込められているものとは

 たとえ血が繋がっていなくても、人種や階級による格差があったとしても、たしかにそこに存在する「愛」と、そしてメキシコをはじめとする多くの(もしくは全ての)国で、社会的格差に直面している女性や貧しい労働者たちへの尊厳と敬意を、監督はこの映画に込めたのではないでしょうか。

 ギレルモ・デル・トロがツイッターでリンクを貼っていた本作のレビュー記事が参考になりましたので、一部分を要約しつつ自分の解釈も加えて少しだけ紹介したいと思います。

 私のスペイン語レベルが低いこともあり、自然な日本語に出来ない箇所や、説明が分かりづらい箇所に自分の言葉を付け加えております。

 

 

 『ROMA/ローマ』は、「浄化・清め」の物語とも言える作品です。

 オープニングからしばしば「水」が印象的に登場します。家族が、主に主人公のクレオが直面する様々なプロセスにおいて「水」は半ば宗教的な意味合いを持つ、ひとつの象徴として使われています。

 クレオが初めて男性と関係を持ち、そして妊娠した日は雨が降っており、あたかも何かが起こることへの警告のようでもあります。その後にシャワーを浴びているシーンでは、(宗教的な意味で)重大な“罪”を犯したことにより、その汚れを洗い流しているようでもあります。

 またソフィアに妊娠したことを告げた日は、雨ではなく雹(ひょう)が降っていました。それはクレオの不安な気持ちや今後に対する怖れのようなものを表しているかのようです。

 

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 そしてもちろん終盤のシークエンス、泳げないクレオが子どもたちを救うために大西洋の荒波の中を通ってゆく場面は、クレオだけでなく家族全員が生まれ変わるための“浄化”や”清め”のメタファーのようでもあります。

 同監督による『ゼロ・グラビティ』のラストで、絶体絶命の状況から生還したサンドラ・ブロックが水中から浮上するシーンと、そこから地上に辿り着き、まだ地球の重力に身体が対応していないため這いつくばりながらも一歩また一歩と前へ進み、そしてついに自分の足で立ち上がるあのシーンも、同じように苦難を乗り越えて生まれ変わるというメタファーのようです。

 『ROMA/ローマ』の場合も、この“浄化の沐浴”を経て家族が家に戻ると、夫が家具を持ち出して家の中も様変わりしており、あたかも家族が生まれ変わってまた新たに始めからやり直していくかのような光景が見られます。

 ラストでクレオが屋上への階段(屋上のシーンや階段の下のスペースはその前にも描写がありましたが、この階段があんなに高く開放的なものだと私たちが知るのはこのエンディングでのシーンが初めてです)を昇っていくシーンは、彼女が新しい人生へ向かってゆくステップを表しているかのようです。感情がこみ上げるような大袈裟な演出ではありませんが、希望を感じさせる理に適ったシーンです。

 

 先にも書いたように、『ROMA/ローマ』というタイトルは逆から読むと『AMOR=愛』になりますが、「愛」は母親からだけではなく、“母親代わりの存在”や友達、何でも打ち明けられる相手、いつもそばいにいる家事労働者といったような、たとえ血の繋がりはなくても、より強くて大切な結び付きをもつ「家族」によって与えられるものである、ということをこの映画は伝えようとしているのではないでしょうか。

 この映画の主人公「クレオ」は、彼女のことだけではなく、他の多くの人たち──家の外観を保つために働く庭師、私たちが日々食べるものを作るため日の出から日没まで働く農業従事者、レストランで給仕するウェイトレス、それはメキシコ、アメリカ、どこにでも存在する人たち──『ROMA/ローマ』は、大きな改善を期待することなくとも最善を尽くして生きている、それら全ての人たちに向けた監督からの「尊厳と尊敬、賞賛の宣言」であるのです。

 そして結局のところこの映画は、監督がかつて暮らした古典的で古き良き思い出の場所と、彼の人生の中にいた女性たちのみならず、全ての人々に向けられた愛の手紙(una carta de AMOR)なのです。

 

 

その他の感想、小ネタなど

 ここまでちょっと大真面目すぎたところもありますので、この先はちょっとした部分の感想や小ネタなどを書いて〆ようと思います(笑)。

 

ジェット機

 オープニングで掃除されて水が流された床にジェット機が映ります。大空を飛ぶ飛行機は自由と豊かさの象徴のようでもありますが、このときは床の水に映るだけの、全く関係ないどころか実体すらないような、そんな存在でした。

 ですがエンディングで、屋上への階段を昇るクレオを下から見上げる視点の後ろに飛んでいくジェット機は、モノクロームの映像はありますが美しい青空を横切っていく姿に、この「家族」の新たな人生に何か希望的なものを見るような爽快さが感じられました。

 でもどちらもさりげないのがいいですね。少なくとも画面の映り込みで言えば、飼い犬ボラスのウ●コのほうがインパクトは大でした(笑)。

 なおジェット機は他にも、片足立ちのソベック先生が見本を見せる場面でも飛んでいます。

 

ペペとクレオの会話

 屋上で洗濯していたときのペペとクレオの

"No puedo, estoy muerto."「できない、だって死んでるもん」

"No puedo, estoy muerta."「できない、死んでるもん」

というやり取り。微笑ましいのと同時に二人が仲良しなのが分かる、可愛くてほっこりするいいシーンです。また、ソフィアに妊娠していることを告げた場面で、心配したペペが

"Sana, sana, colita de rana Si no sanas hoy, sanarás mañana"「痛いの 痛いの 飛んでけ」と、クレオのお腹をさするところも可愛すぎます。

 

 なおこの歌は子どもが怪我したり具合が悪いときにお母さんが歌ってあげるお馴染みのものらしく、「sana」は「健康な/元気な」という意味で「colita de rana」は「カエルのお尻」で、尻尾を意味する「cola」の縮小辞が「colita」です。カエルには尻尾はないので「お尻」の意味になります。そしてそのあとのフレーズは「今日は元気じゃなくても明日にはよくなるよ」といった意味です。

 ちなみにメキシコ人はとにかく何でもかんでも縮小辞にして愛称で呼ぶイメージがありますが、ツイッターを見ていると本当にそうなので面白いです。「縮小辞」というのは例えば関西方面で「飴」を「あめちゃん」と言ったり、東北方面で「お茶する」を「お茶っこ」と言ったりするように、親しみを込めてちんまりさせた表現…とでも言いますか、まぁそんな感じです。

 スペイン語ではありませんがロナウドの縮小辞がロナウジーニョで、意味は「小さいロナウド」というのは有名ですよね。スペイン語では語尾を「~ito」「~ita」とします。

 スーパーで「チキータ」という名前のバナナが売られているのを見たことがあるかもしれません。それも縮小辞で、女の子・少女を意味する「chica」の縮小辞が「chiquita」(この場合スペルが変化します)だったりします。なお「バナナ(banana)」という単語が女性名詞だから「chiquita」になっているだけで、とくに人間の性別でどうこうというのはありません。

 

メスカルというお酒

 メスカル(mezcal)とはメキシコ原産の竜舌蘭の一種から作られる蒸留酒とのことで、多くの種類があり、メキシコと言えばテキーラ、というくらいにお馴染みのお酒・テキーラはメスカルの一種とのことだそうです。

 アルコール度数が高く、瓶の中にグサーノgusano=イモムシなど蠕虫/ぜんちゅう)やサソリ(escorpión)の抜け殻が入ったものが有名、とのこと。

 ちなみに私が使っているスペイン語の辞書には

"Para todo mal, mezcal, y para todo bien, también."

「良きにつけ悪しきにつけメスカル酒」

というメキシコの諺が載っていました。先の"Sana, sana, colita de rana~"と同様、ちゃんと韻を踏んでいますね

「………。ま、とりあえずメスカル飲もうや」みたいな感じですかね(笑)?

 

トゥインキー

 最後のほうで「トゥインキーある?」という台詞があり、字幕では「ケーキ菓子ある?」のルビ(ふりがな)が“トゥインキー”だったのですが、このトゥインキー、ジェシー・アイゼンバーグとエマ・ストーン主演のコメディタッチのゾンビ映画『ゾンビランド』で、ジェシー扮するコロンバスと行動をともにしていたコワモテのタラハシーがずっと食べたがっていたお菓子で、向こうでは昔からある有名なお菓子みたいですね。日本は(身体にいいか悪いかは別として)お菓子の美味さは天下一品ですから、わざわざ高いお金出してまでアメリカの大味なお菓子を食べる機会もあまりないので個人的に馴染みは薄いです…。

 

日本といえば

 フェルミンがフル○ンで(ここで無駄に韻を踏む)棒を振り回していたシーンで、最後に「アリガトウゴザイマシタ」と言っていました。

 「武術と出会って俺は変わった」みたいなことを言ってたからどれだけ誠実な男なのかと思ったら、とんだクズ野郎でしたね。。

 

 というわけで仕事が終ってから夜にちびちびと書き始めてから4日、ようやく書き終えたわけですが、その間にも幾つかのランキングで2018年のベストムービーに選ばれるなど、公開から数日で早くも大きな話題になっているようですので、2月のアカデミー賞でも注目を浴びる作品となることは間違いないでしょうね。今のアメリカとメキシコの関係、ハリウッドの映画界とトランプ政権の関係を考えたら格好の素材でしょうし…

 

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三崎町三丁目通信の主筆・Kです(個人運営ですが)。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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