映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』──全作見たあとの感想【全11作の個人的ランキングも】

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 12月に『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』を観たことにより、これまでの9エピソードとスピンオフ2作(『ハン・ソロ』と『ローグ・ワン』)を全てリアルタイムで劇場で鑑賞することができました。80年代に公開されたイウォークのスピンオフはもちろん含みません。何ですかそれはw

 どこかのレビューにも書いたのですが念のためここでもさらっと書いておきますと、小学校低学年のときに『新たなる希望』を観て以来、スター・ウォーズはずっと劇場公開時に映画館で観てきました。今となっては貴重な旧3部作のパンフも持っていたのですが知らない間に父親に処分されてしまい、大事なものを実家に置きっ放しにしてはいけないということをここで学びました。

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 当ブログを始めたのが2017年の9月ということもあってタイミング的に『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は感想を書いていなかったのですが、今回ついにスカイウォーカー・サーガ全9作を見終わりましたので、そのうえで(とくにエピソード9を見たうえで)改めて感じたことを書いていこうと思います。

 今さらイチから場面ごとに細々と書いたり知ったか情報を並べていっても仕方がないので(笑)、基本的に『フォースの覚醒』を劇場公開時に観たときと全作完走した今とで感じることの違いについてがメインです。たぶん。

 もちろん『スカイウォーカーの夜明け』『最後のジェダイ』のネタバレを多少含みますので、まだそれらを見ていない方はご注意ください。

 

まぁ『最後のジェダイ』なんてネタバレしてもしなくてもどっちでもいいような映画ですけどねw

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当時は受け入れられなかった新たな登場人物たち

 公開当時からこの『フォースの覚醒』は『スター・ウォーズ/新たなる希望』の露骨な焼き直しであることを散々指摘されていて、それを善しとする人と「たしかに面白いとは思ったけど、さすがにこれは如何なものか」という微妙な判定だった人に評価が分かれていたように思います。ちなみに私は後者です。

 

 また、人気映画評論家や人気ラジオ番組での映画評(誰のことだろう?w)界隈ではレイとフィン、そしてポーやカイロ・レンといった新しい時代の主人公たちの瑞々しさや期待感が絶賛されていましたが、私個人としては当時はキャラが子供じみてて拙さが目に付いたのと、昨今のハリウッド映画界の忖度キャスティングがまた悪いほうに出たよ、という印象しかなかったので正直あまり魅力を感じることができませんでした。

 といっても主役のレイだけは完璧なキャスティングだと思っていましたし、カイロ・レンについても厨二病の若造があんな偉い地位なのかよ…というリアリティのなさと、フォースの能力に反比例してライトセーバーの剣術が拙すぎるのが気にはなったものの、マスク越しのあの声やブラスターの光線をフォースで止めたところなどのカッコ良さには大変ワクワクさせられたものでした。

 

 そんな良い部分もあるのは認めつつも、あれだけ強大なファースト・オーダーの将軍がやたらと若くて青臭いところや、スノークとかいうデカくてボコボコした「幼稚園児がジャガイモで作ったお父さん」みたいな顔の何だかよく分からん奴も全然威厳がなくて雑魚っぽかったりするところも目についたりして、結局は帝国軍とシスの暗黒卿が支配してた頃が最強で、ファースト・オーダーもカイロ・レンもスノークもみんなそれに憧れて真似してるだけの半端者っぽいなぁ…という感想を抱いたのでした。

 

 やっぱり二番煎じというものは味が薄まるんだな……と。

 

エピソード7だけはこの手法が通用するけど、この後はどうなるんだろうね

 

 と『シスの復讐』以来の新作を楽しみつつ、ちょっと冷ややかな目で『フォースの覚醒』を見ていたのでした。

© 2015 – Lucasfilm
カッコ良さと拙さが同居する

ep9を見ると素直に評価できるようになる

 ですが今回『スカイウォーカーの夜明け』を見て、この新3部作の結末を知ったあとで『フォースの覚醒』を改めて見てみると、自分でも軽く驚くくらいにこの作品が素直に面白いと感じるようになりました。

 

なぜでしょうか…

 

 改めて見直してみてまず感じたのは、

 

いい意味での「お気楽さ」

 

 です。別に『最後のジェダイ』も『スカイウォーカーの夜明け』も猛烈に深刻な展開になんてなりませんし(旧作での主人公たちが死んでいくのは悲しいものがありますが)、それぞれに色々と背負っているものがあるにせよ、それでも「命を懸ける」ということの描写において『ローグ・ワン』と比べた場合、真剣と木刀くらいの違いがあったように感じましたので、元々ある種の「軽さ」というものを持っている新3部作ではありました。

 その辺こそが「子ども向けのディズニー映画」になってしまったことを示す分かりやすい違いなのでしょう。

『最後のジェダイ』でのローラ・ダーン扮するホルド提督の最期については除きます。ただしその手法は「おいっ」っていうものでしたが…。あの行動はスター・ウォーズというお伽話の“暗黙の了解”を壊してしまうものであり、「それをやったら身も蓋もないだろ…今までの設定どうすんだよw」となるわけです。デッドプールかお前はw

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 ですが『フォースの覚醒』の「お気楽さ」は、そういうのを超えたところでの「よく分からない開放感」がある軽さなんですよね。

 

 何て言ったらいいのか…

 

「僕ら真っ新なキャラなんで背負うものなんてありませんし、伸び伸びやらせてもらいまぁーす」

 

「どうせみんなが昔見たものと同じような展開になるんだから楽にいこーやw」

 

 みたいな感じとでも言いましょうか(笑)。

 

 とにかく「暗さ」がないんですよね。暗くなってるのなんてハン・ソロが死んでショックを受けてるおじさんたちだけですし。(大袈裟ですねごめんなさい)

 『新たなる希望』の主人公たちで言えば、ルークなんて自分の育ての親が丸焼きにされたのを見てタトゥイーンを離れる決心をしたわけだし、レイアは親を故郷の星ごと吹っ飛ばされるという悲惨な目に遭い、ソロにしても酒場や港でのジャバやグリードとのやり合いで「海千山千のならず者」であることがちゃんと伝わるように作られていました。

 

 それに対して『フォースの覚醒』の主人公たちはと言うと、レイもフィンもポーもそれぞれ事情はあるものの、自分が逃げるために捕まったレジスタンスを利用したり、なりゆきで宇宙に出たらたまたま乗った船が伝説の男のものだったり、それまで何の描写もないのに敵の一番強いやつが見ている私たちのために(ポーが)「レジスタンス1のパイロット」であることをわざわざ説明してくれたりと(笑)、とにかくそこかしこに今の時代性を象徴するような軽さが見えるんですよね。

 

 別の言い方で表すなら

 

「ノリで」

 

 みたいな(笑)。

 最初はこの軽さが気になって素直に評価できませんでした。だって全部リアルタイムで観てるおじさんだし。ですが全部を見たあとだと、

 

あぁ、やっぱりスター・ウォーズっていうのは子どもがワクワクするための映画なのかもしれないな…

 

 と思うようになり、この「お気楽さ」をほぼ全面的に受け入れられるようになったのでした。子どものための冒険映画なんだから分かりやすく夢を見させていいんだよ、と。

 

 で、そうやって一旦受け入れてみるとこの『フォースの覚醒』は、子どものための冒険物語としては非常~~に良く出来た映画だったことが分かってきました。

 逆の見方をすれば、焼き直しの元となった『新たなる希望』がいかに素晴らしかったか、ということにもなるのですが…。

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