時は移ろい あの頃の名残は何もなかった
ラストへと繋がる「秘密」の考察
シンガポールでピンに語った「昔の人のやり方」について。
「大きな秘密を抱えているものは、山で大木を見つけ、幹に掘った穴に秘密をささやくんだ」
「穴は土で埋めて── 秘密が漏れないよう永遠に封じ込める」
66年、カンボジアにてチャウは遺跡の柱に開いている穴に顔を近づけ、外に漏れないよう手をかざしながら何かをささやき、去ってゆく。
つまりチャウは外に漏れてはいけない「秘密」を持っていたことになり、もちろんそれはチャン夫人との関係に他なりません。
チャン夫人は66年の時点で息子がいる。夫も元気とのこと。母親となったこともあってか、チャイナドレスの柄もおとなしめのチェック柄になっています。
もしお互い最後まで「潔白」で「一線は守る」関係だったのであれば、そこに至るまでの経緯も考慮すれば「昔の人のやり方」で秘密を封じ込めるという、思い詰めた人がする儀式的な行動をわざわざ取る必要もなかったのでは…と思ってしまいます。
となると、やはりどこかで一線を越えていたのではないだろうか…と考えても不思議ではないかと(下世話な推測で恐縮です 笑)。もちろんその「一線」がどこまでを表すのかは本人たちが決めることですが。
で、上で検証したように、シンガポールでの二人がおそらくすれ違いで終わったことや、シンガポールへ渡る前、2046の部屋でもやはりすれ違っていたことを考えると、もし何かがあったのだとしたら
シンガポール行きを伝えて別れの練習をし、
タクシーの中でチャン夫人が「帰りたくないわ」と言い
チャウに握られた手から逃げずに受け止めたあの夜
以外にはない、と思われます。
そして次に続く、ラジオから流れる「花様的年華」をそれぞれの部屋で聴く二人の“心ここに在らず”といった様子が、お互いの胸の内をよく表しているように感じました。ちなみにこの曲は、チャン氏が夫人の誕生日にと出張先からリクエストした曲とのこと。
とはいえ、チャウがシンガポール行きを告げる前、2046の部屋で二人が原稿についてディスカッションしている場面での夫人の幸せそうな顔が、すでに二人の関係は(心の繋がりだけだったとしても)強く惹かれ合う男と女のそれであったということが分かります。チャン夫人のあんな笑顔はこの場面だけで、本当にいい表情をしていてとても可愛いです。
またシンガポールのチャウの部屋へやってきたチャン夫人が、チャウの使っているクリーム?や煙草の匂いを嗅ぐところなど、さりげないけどすごくリアリティのある描写でとても好きなシーンです。
男は過ぎ去った年月を思い起こす
埃で汚れたガラス越しに見るかのように
過去は見るだけで
触れることはできない
見えるものはすべて
幻のようにぼんやりと…
66年の香港、チャウがかつて暮らしたクウさん宅を手みやげ片手に訪れ、現在住んでいる男に「隣には母親と子どもが住んでいて、かわいい息子さんだ」と告げられたときのチャウのかすかな笑みもなかなか意味深です。私個人としては、さすがにその息子がチャウとの間の子どもだとは思っていませんが、その可能性ももちろんゼロではない、という描き方が映画のいいところなのでしょう。
今作では全体的に大人なムードの音楽が使用されています。テーマ曲の『Yumeji’s Theme』も印象的ですが、それ以外に劇中で使われているスペイン語の曲『Aquellos Ojos Verdes』『Te Quero Dijiste』『Quizas, Quizas, Quizas』も、場面と歌詞がそれとなくマッチしていたりしてなかなか良かったです。
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