三崎町三丁目通信

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映画『メイド・イン・ホンコン』──若さと恋とノーフューチャーと【フルーツ・チャン監督作】

投稿日:2020年4月25日

 1997年7月のイギリスから中国への返還が間近に迫った香港が舞台の映画『メイド・イン・ホンコン』は、フルーツ・チャン監督による「香港返還三部作」の第一作となる作品。

 

 フルーツ・チャン監督の映画では、この「香港返還三部作」の後に作られた「娼婦三部作」と呼ばれる3本のうちの第一作『ドリアン ドリアン』を当時観に行きました。どちらも香港の活き活きとした部分(といっても決して表街道ではないのですが…)と影の部分の両方を、その実情のエグさに反して割と軽やかに描いていたりするところが独特なように感じます。

 それが好きか嫌いか、好みは分かれそうですが。

 

 

あらすじ

 中国への返還目前の香港。中学を中退して借金の取り立てをしている若者・チャウは、低所得者用の団地に母親と2人暮らし。父親は家を出て愛人のもとへと去っていた。

 裏社会の下っ端仕事をしているチャウではあるが、彼は富裕層の少年達にいじめられている知的障がい者のロンをいつも助け、守っていた。

 

 ある日、チャウはロンを連れて借金の取り立てに行った団地で16歳の魅力的な少女・ペンと出会う。

 

 ペンを見て鼻血を出したロンをうまく利用したペンの母親にその日は追い出されるが、別の日にまたいじめられてケガをしたロンを迎えに病院へ行ったとき、チャウはペンと再会する。

 ロンが持っていたという血まみれの2通の手紙を看護師から受け取った日から、チャウはビルの屋上から飛び降り自殺した少女・サンの夢を見ては夢精するという現象に悩まされることとなる。

 そのサンという少女はバイト中のロンがある日偶然に目撃した、路上で血を流して死んでいた少女であり、チャウが受け取った2通の手紙とはロンが持ち去ってしまったサンの遺書で、それぞれサンの家族と恋人に宛てたものだった。

 

 その後チャウとペンは親しくなり、ロンを加えたと3人でサンの遺書を返しに彼女が通っていた学校へ向かう。

 恋人だった体育教師には渡すことができたが、家族宛ての遺書は家の中を覗いていたところをサンの両親に見つかってしまい、返せずに逃げ出してしまう。

 

 そしてチャウはこのとき、ペンが重い腎臓病に冒されており、移植手術が出来なければ余命は幾ばくもないことを知る。

 ペンを救いたいという思いから、チャウはドナー登録をするとともに金の工面をすべくあれこれ試みるが、そこから事態は良くない方向へと動いていってしまうのだった──

 

自身の死がチャウら3人の人生に影響を与えることとなる少女・サン

 

若者のための街、若者のための時間

 社会の底辺層で明るい未来を見出せないでいる若者たち(彼らの問題となるのはお金や病気、家庭環境やいじめなど様々)が何とかしようともがく姿は、中国への返還によってこれまでの自由が奪われるのではという不安や焦りのようなものを抱えた、当時の香港を象徴しているようでもあります。

 

 彼らはそれぞれに「よかれと思って」何らかの行動を起こしますが、それによって手繰り寄せた未来は必ずしもよい結果を生みません。

 むしろ状況を悪くしてしまうことのほうが多いのですが、たとえ結果が悲劇的なものとなってしまっても、彼ら同士の結び付きは深まっていきます。

 結果的にチャウ、ペン、ロンの3人は死んでしまうことになりますが、それぞれに行き場のない人生だった彼らにとって、短い間ではあるものの最後までお互いを支え合う仲間同士・恋人同士でいられたことは幸いだったのかもしれません。

 

 学校からドロップアウトし、父親の失踪と貧しい暮らしのなかで裏社会へ足を踏み入れていたチャウは、いじめられっこのロンを助けることで荒んだ生活の中でも自分の中にある良心を失いませんし、ペンという愛する存在(=自分が生きる意味)も得ることとなり、結果がはどうであっても「彼女を救うため」の利他的な行動を取ることとなります。

 重い腎臓病に冒されながらも臓器の提供者が見つからず、お金もなく余命わずかという未来のない日々を過ごしていたペンも、チャウと出会って愛する人ができたことにより、空虚な人生が変わっていきます。

 そして家族にも見放され、街では集団からいじめにあうロンは最後までかわいそうな人生でしたが、それでもいつも自分を守り面倒をみてくれるチャウと、新たに仲間に加わったペンという魅力的な少女の2人は、ロンの短い人生のなかでかけがえのない存在であったに違いありません。

 

 

ノーフューチャーな底辺生活、何かしようとしても悪い方向へ進んでしまう、そして訪れる最期のとき──

 現実は残酷なものではありますが、限られた時間と選択肢のなかで必死に何かを求めて生き急ぐ若者たちの姿は、いつ・どこの時代と場所でも眩しく感じられるものです。それが「青春」というもののひとつの形なのでしょう。

 

 そんな短い「青春」を生きた彼らがいた場所──街の雑踏、山の中の墓地、人や物が密集する煩雑な団地内……、その風景は決して若さに見合う明るくて華やかなものではなかったとしても、そこにしか存在しない熱いエネルギーのようなものを感じずにはいられません。

 

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三崎町三丁目通信の主筆・Kです(個人運営ですが)。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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