三崎町三丁目通信

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映画『ジュマンジ』(1995)──『ウェルカム・トゥ・ジャングル』を先に見た人用【続編の矛盾点についても】

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 昨年12月に新作『ジュマンジ/ネクスト・レベル』が劇場公開された「ジュマンジ」シリーズ。その前作にあたる『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』も先日「金ロー」で放送されたようで『ウェルカム~』のほうは見たよ、という方も多いことと思われます。

 私も『ウェルカム~』を見て新作を観に行きたいなと思っていたのですが、今調べてみたらうちの地元では吹替え版のみの上映となってしまっていたので諦めることにしました。。

 で、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』というタイトルからもなんとなく想像がつくように、この作品はシリーズ第1作ではなく(一応は)「続編」です。

 

 

 ではその原点となる作品とは何か──それがこの1995年(日本では1996年)公開のロビン・ウィリアムズ主演『ジュマンジ』です。

 

童心に帰ってわくわくするようなビジュアル

 

 こちらにはまだ子役の頃のキルスティン・ダンストも「ジュマンジ」のプレイヤーの一人として出演していて、ジョディ・フォスターやダコダ・ファニング…と並べていいのかどうかは分かりませんが、とにかく「子役扱いしちゃいけないようなれっきとした女優の演技」をみせています。

 子役としてのキルスティン・ダンストの作品というと、この前年の映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』あたりが有名かと思いますが(当時観に行きましたが正直それほど面白くはなかったw)この『ジュマンジ』にも出ていたんですね~。全く知りませんでした。

 

ちょっと脱線

 それにしてもキルスティン・ダンストのWikipediaに載っている出演作品リストを見てみたら『ヴァージン・スーサイズ』あたりから『アップサイドダウン 重力の恋人』あたりまでのキャリアの充実っぷりはすごいものがありますね。

 ソフィア・コッポラの映画やスパイダーマンシリーズももちろん良いのですが『エターナル・サンシャイン』『エリザベスタウン』などのじんわりと余韻が残る映画にもいろいろ出ていて、個人的に好きな女優のひとりです。

 

 すみません、もうちょっとだけ脱線させてもらうと、この『エリザベスタウン』で彼女が演じた役のような女性を表す言葉として

 

マニック・ピクシー・ドリーム・ガール

 

 というのがあるそうで、そのWikipediaを見てみたら「なるほど!」という感じでなかなか面白かったのでちょっとだけ書かせていただきます。意味としては

 

 

「悩める男性の前に現れ、そのエキセントリックさで彼を翻弄しながらも、人生を楽しむことを教える“夢の女の子”」

 

 

 とのこと。

 

 

そう、あなたが中高生の頃にいつも妄想していた女の子のことですよ(笑)。

 

 

 

『ジュマンジ』と『ウェルカム~』との共通点

 続編?である『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』を先に見てから先祖帰りでこっちを見てみると、

 

踏襲する部分とアレンジする部分をうまいことミックスさせたもんだなぁ

 

 と、その巧さに気付かされ、ヒットしたというのもなるほどと頷けるものがあります。

 

© 1995 TriStar Pictures
さまざまな動植物が現実の世界にやってくる『ジュマンジ』

 

第1作『ジュマンジ』のストーリー

 1969年(これもアメリカ的にはシンボリックな年ですね)のある日、謎のボードゲーム「ジュマンジ」アラン少年が見つけ、友人のサラとプレイしてしまったことが発端でアランはそのままジャングルに閉じ込められてしまう。

 それから26年後の1995年、いわく付きの空き家となっていたアランの屋敷の中から「ジュマンジ」を見つけたジュディとピーターの姉弟がそれを開けてプレイしたことでようやくアランは家に帰ってくることに。

 駒が進むたびにジャングルの猛獣や危険な植物、天災や冷酷なハンターなどが次々と襲ってきてアランの家はジャングルと化し、街中がパニックになるなか、ついにゴールしてゲームを終わらせることに成功し、アランは無事1969年に「ジュマンジ」を始める直前の世界に戻ることができた。

 父親と和解し、ゲームに巻き込んでしまったサラとはその後結婚して、26年後の1995年にアランの自宅で行われたクリスマスパーティで、アランとサラはジュディとピーターのふたりと念願の再会を果たす──

 

 というものでした。一方『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』のほうは、1969年にアランとサラが川に投げ捨てた大迷惑ゲーム(笑)「ジュマンジ」を1995年にビーチで拾ったアレックスの父親が家に持ち帰ってゲーム好きの息子に渡したことで、アレックスが「ジュマンジ」の世界に吸い込まれてしまうところから物語は始まります。

 

踏襲している部分

 映画『ジュマンジ』の舞台であり、さらに無事ゴールしてリセットされた世界で4人が再会した1995年に新たな「ジュマンジ」の幕が開くというのが、両作品をひとつのシリーズとして繋げている点のひとつでした。

 

 4人が再会したことで「ジュマンジ」の見えない力が作用して次のプレイヤーに引き継がれたのかな? と最初思いましたが、4人が再会したのはクリスマスパーティーで、『ウェルカム~』でアレックスが「ジュマンジ」を手にしたのはTシャツの季節ということで、残念ながらそこはリンクしてはいないようです。まぁTシャツ姿であることが後々意味を帯びてきますので、それはしゃーないところかもしれませんが。

 また「ジュマンジ」が人を呼ぶ? ときにどこからか聞こえるジャングルっぽい(笑)リズムは『ウェルカム~』でも引き継がれており、他にも先にプレイした裕福な家庭の少年が消え、その親が息子を失ったことで人生を狂わせ、住んでいた立派な家もお化け屋敷状態となる点なども同じ設定となっています。

 あとはプレイヤーたちを追い詰める悪役の名前がヴァン・ペルトというところも共通していました。ただし名前が一緒なだけで両者は全くの別人…というかゲームの世界自体、全然違うものとなっていましたが。

 

 

アレンジされている部分

 『ジュマンジ』と『ウェルカム~』で大きく異なっている点としては、ゲームそのものがすごろくタイプのボードゲームからTVゲームにトランスフォームしていたというのが挙げられます。そしてその変化に伴ってゲーム性そのものもガラッと変更されていました。

 

 すごろくアドベンチャーゲーム(またはRPG)という、まるで異なるタイプのゲームに変わったのでゲーム内容が変わるのは当然のことながら、主人公たちがゲームを進める場所が全く逆の設定となりました。

 

『ジュマンジ』

プレイヤーの駒が止まったマスに割り振られている現象が、現実の世界に起こる

 

『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』

プレイヤーがゲームスタートと同時にゲームの世界に吸い込まれ、その世界の中でそれぞれのゲームキャラの姿となって進行する

 

 

 『ジュマンジ』ではアランが「他のプレイヤーが5か8を出すまでジャングルで待つ」というマスに止まったために、ゲームの中に吸い込まれてどこかのジャングルへ飛ばされてしまいましたが、それ以外は止まったマスの現象が全て現実世界で現れます

 かたや『ウェルカム~』はゲームを始めると同時に吸い込まれてしまうので、現実の世界にゲームの影響は及びません

 ただしジャングルに飛ばされたアランも『ウェルカム〜』のプレイヤーのどちらの場合も現実の世界では行方不明状態です。

 

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『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』の5人のプレイヤー

 

2作品を見て疑問に思ったこと

 『ジュマンジ』では、ゴールしたアランはサラとともに無事ゲームを開いた夜に戻り、その後ふたりは結婚して幸せな人生を送ります。

 

 そして26年後にふたりは自宅で行ったクリスマスパーティでジュディとピーターと再会することになりますが、アランとサラには「ジュマンジ」をプレイした記憶があるのに対し、このタイムラインではジュディとピーターは「ジュマンジ」をプレイしていないためにアランとサラとは初対面となります。

(このパーティが行われたのは両親がスキー旅行へ行く前であること、そして仮に両親がその旅行で亡くなったあとに「再会」したとしても、このタイムラインはアランとサラが「ジュマンジ」をプレイしていない世界であるため、どのみちジュディとピーターには「ジュマンジ」の記憶はない

 

 この修正された時間軸には矛盾がなく、とくに気になる点はありません。

 

 

 ですが『ウェルカム~』では、元の世界へ戻っていった後もそれぞれがゲームの記憶を持っていました。これは本来であればありえないことです。

 

 プレイヤー全員が2016年に一斉に始めたのなら問題はないのですが、アレックスだけが1995年に「ジュマンジ」を始めて、クリア後にその1995年に戻っている──ということが矛盾を発生させてしまうことに…

 

 アレックスが「ジュマンジ」から戻った1995年以降のタイムラインでは、2016年の時点でアレックスは「ジュマンジ」の世界にはいません。ですがゲームクリア後に戻った時点から修正されたタイムラインであるため、アレックスに「ジュマンジ」の記憶は残っています

 

 

①「ジュマンジ」を体験して戻ってきたアレックスがいる2016年(戻ってから20年経過)
②「ジュマンジ」を体験して戻ってきたスペンサーたちがアレックスに会いにいった2016年

 

 

 この2つは本来別の世界であるはずです。

 

 スペンサーたちがクリア後に2016年に戻った時点で、アレックスが「ジュマンジ」をプレイしたというタイムラインは消滅しているはずですので、

 

 

①のタイムラインではアレックスにのみ「ジュマンジ」の記憶がある(時間軸Ⓐ)
②のタイムラインではスペンサーたち4人にのみ「ジュマンジ」の記憶がある(時間軸Ⓑ)

 

 

 説明が下手で分かりづらいかとは思いますが、映画のように

 

お互いが「ジュマンジ」の記憶を持った状態で再会する

 

 ということを可能にするためには

 

「時間軸Ⓐの2016年」に「時間軸Ⓑの2016年」がやってきて上書きする──

 

というパラレルワールドの干渉が起きなければなりません。

 

 先ほど『ジュマンジ』のほうは矛盾がない、と書きましたが、実際は年代的に古いほうの側(子ども時代のアランとサラ)で修正された世界を描いているので矛盾がないように感じられるだけであり、もし「ジュマンジ」をクリアしたあとのジュディとピーターの世界を映画が描いたとしたら『ウェルカム~』と同じような矛盾が発生することでしょう。

 

 なんにしても時間を遡る系の物語はややこしいです(笑)。

 

 

その他

 子ども向けといった印象の映画なので、必然的に子役の出来が映画の善し悪しに大きく関わってきますが、ジュディもピーターもどっちも頭が良くそれでいて可愛げのある子どもたちだったので、その辺はいい子役に恵まれた作品だったように感じました。

 

 半分猿になってもじもじしてるピーターがとくに可愛かったのと、あとはアランを助けるために「庭の小屋にある斧を取りに行く」ときに、小屋の扉の鍵を叩き壊すために使ったのが斧だったという小ネタも微笑ましいものがありました。前半はその賢さが憎たらしく感じるキャラなのかなと思いましたが全然そんなことはなかったですね。

 

 それにしても…北米~南米あたりでは実際のニュースでも何度か見かけた映像ですが、大きな災害や大規模な停電なんかが起きたときに大挙としてスーパーなどに押し寄せては手当たり次第に売り物をかっぱらっていくあの光景…

 

 モラルとかマナーなんかの面で日本に対して偉そうに上から目線で文句を言ってくるたびにこういった光景を全スクリーンに流して黙らせてみたいw

 

です。

 

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三崎町三丁目通信

三崎町三丁目通信の主筆・Kです(個人運営ですが)。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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