三崎町三丁目通信

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【私の不思議体験②】「自分」を消されそうになった話【オカルト】

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 前回は子どもの頃に体験したアブダクションっぽい出来事について書きましたが、今回はそれから結構経った高校2年のときに起きた

 

自分の身体が何かに乗っ取られて「自分」という存在(=精神や魂、自我など)を徐々に消され「無」にさせられそうになった体験

 について書いていこうと思います。

 

 

 

 このときの体験について書く前に、まずこれと同様の現象で、子どもの頃からときどき経験していたことについて説明していきます。

 

 

「訳わかんなくなる」現象

 小さい頃から(おそらく小学校に入ってからだと思います)あるとき急に、自分が何なのか、どうして今ここにいるのかなど、とにかくいろんな意味で「分からなくなる」という現象に見舞われることがありました。

 この現象をうまく言語化できなかったので、当時はこの現象のことを「訳わかんなくなる」と言っていました。

 前回ちらっと書きましたが、私は頭を打って一週間入院し、今思うとこのとき死にかけてたのかも…という経験もあるのですが、頭を打って「ここはどこ、私はだぁれ?」状態になるのとこの現象とは「似て非なるもの」といった感じです。

 この「訳わかんない」状態になると、普段当たり前に認識できている物事の他、「自分」という存在がどうして今ここに、このような状態で在るのか──などについても分からなくなり(つーか通常はそんなこと意識しませんね)、

 

自分の名前が○○○○なのは何故?

自分の名字はどうしてそんな文字の形なの?

どうして自分の名前ってそんな音なの?

ていうか「なまえ」って何?

この音(例えば自分の名字とか)はどうしてこの音で、どうしてそう読むの?

「読む」って何?

「じぶん」って何?

「あいうえお」「かきくけこ」っていうこの音は何?

「あ」は何で「あ」っていう音なの?

 

 といった「そもそもそんなこと考えたこともないよ」っていうこと全てが「何? 何故?」になり、当然答えなんて導き出せないので「訳わかんない」状態になり、それが不安や恐怖といった感情をもたらすのでした。

 

 これがやってくると「うわー怖い!!!」となり、金縛りにあったときのように必死で元の状態に戻ろうと抵抗します。(何に対しての抵抗なのかはわかりません)
 そしてしばらくするとその現象はだんだん遠くなっていき、自我というか自身の思考状態も落ち着いてきて、普段の状態に戻る──というのがいつもの流れでした。まぁ「いつもの」っていうほど頻繁には起こりませんでしたけど…

 

 以前InterFMの『The Dave Fromm Show』という番組内の「陰謀・オカルトコーナー」で、DJのデイブさんがこれと同じようなことをやはり子どもの頃に経験していた、と話されていて「おぉぉ、まさかデイブさんが自分と同じ体験をしていたとは!!!」とめちゃめちゃ驚いたのですが、なんとデイブさんはその状況を楽しんでいたらしく、自分自身を実験台にしてその感覚を味わっていたらしいです。私にとってのそれは不安と恐怖でしかなかったのですが………

 

「訳わかんなくなる」現象の最強版

 そういった体験が時々あり、気持ち悪いし怖いんだけどこれは持病みたいなものなので、どうにかこうにかうまく付き合ってやり過ごしていくしかないと思っていました。
 またこの現象は、程度の強弱に多少の差はあったのですが、いつも短い時間で何とか自力で復帰?できるものでしたので、単に自分が神経質な性格だからこんなことが起きるんだろうという程度にしか思っていませんでした。

 

 

 あの高2のとある夜までは……

 

 

 私は子どもの頃からずっとサッカーをやっていて、高校もサッカー部でしたので、その日も普通に部活をしていました。

 そして夜になって練習が終わってからいつも練習でコンビを組んでいた友達と、クールダウンがてらにキック練習みたいなことをしていました。

 

 するとまたあの現象がやってきました。

 

 最初は「きたか…早く終わってくれるといいんだけど…」

 といったようなことを考えながら、ボールを蹴っていました。距離を取ってロングキックをしていたのですぐ近くには誰もいなかったことと、練習後だったのでグラウンドの照明も落とされてまあまあ暗かったので、多少挙動不審になっても大丈夫だろうと思ってやり過ごすつもりでした。

 

 ですがこのときはいつまで経っても元に戻らず、むしろどんどん「訳わかんなくなる」強度が増してきたのでした。

 「これはちょっとやばい」と感じたので、友達に練習をやめようと提案し、部室に向かいました。このとき「訳わかんなくなっている」ことを友達に伝えたのか、それとも単に体調がおかしいとだけ言ったのかは覚えていません。その友達は理解のある人だったので伝えられる範囲で話したような気もします。

 

 まだ自主練をしている人もいれば着替えを始めている人もいて──という感じで部室は本格的に混んではおらず、みんなが入ってくる前に回復できればと願いながらうずくまるようにして座っていました。そこにいた何人かの友達にも自分の不調は伝えたと思います。(どう見ても具合悪そうにしているので周りも気づくようでした)

 

 でもいよいよ状態は悪くなっていき、ついには怖くてたまらなくなり、「うわぁぁぁ~やばい!!」とパニックになって部室を飛び出しました。

 飛び出しても直るわけではないのですが、とにかく怖くて震えながら部室の外でしゃがんでいました。友達も何人か「どうしたの?」とか「大丈夫?」とか声をかけてきたように記憶しています。よく覚えていませんが…

 

 

このとき、自分の中で何が起こっていたのか──

 

 

これを説明するのがとても難しく、今まで誰かに話しても、いつも「ちゃんと伝えられていない」という思いが残って歯がゆく感じてきました。今回もうまく説明できるか自信がないので、もしかしたら分かりづらいかもしれませんがご容赦ください。

 

 以前から起きていた「訳わかんなくなる」現象は、その「訳わかんない状態」に意識を向け続けると何もかも分からなくなって自我が崩壊しそうになるものでしたが、この時起きていたのは

 

 自分が意識を向けなくてもどんどん相手(と言っていいのか分かりません。とにかく外的な「何か」です)がこちらに浸食してくる感じで、自分(私)の身体を乗っ取り、そこに収まっている「自分」というもの(=意識したり考えたりできる存在、自我とか魂とか心といった「“肉体ではない”自分」のこと)がどこかに追いやられ、どんどん小さくなっていき、そのままやがて「自分」という存在がなくなって「無」にされてしまう──

 

 というようなものでした。

 これがどれほど怖いものかは、何かしら似たような経験をした人でなければきっと分からないと思います。

 私は臨死体験をしたことはありませんし、特殊な能力を持っているわけでもありませんので、この3次元世界の外側を体験したこともありませんが、このときの体験で分かったことがあります。

 

 おそらくそれは以前から概念としては知っていて自分もそれを信じていたけども、普通に行きているうちはそれを「実体験する」ことはほとんど不可能であるため、ほとんどの人はその概念を腑に落とすことしか出来ないことです。それは何かというと、

 

 

 通常、人が「自分」だと思っているもの、「自分」と認識しているものの実体・本体は「身体・肉体」などではない、ということ。

 

 意識とか思考をしている存在の大元・本体は、脳の信号によって生まれるものでもなければ、心臓をはじめとした各部位の働きによって生存している「身体・肉体」からやってくるものでもありません。そしてその「身体・肉体」と「自分」はイコールの存在ということでもないのです。

 

 

 おそらく、人が「自分」と呼ぶ・認識する存在がこの3次元世界に留まるにあたって拠り所としているものが「身体・肉体」なのであって(ひもでどこかに固定していない風船が空へ飛んでいってしまうように/錨を下ろしてロープを波止場に固定させていないと船が流されてしまうように)、「死」などによってこの身体・肉体から「自分」が離れることになっても、その存在自体が消えることはなく、意識や思考する「自分」というものは残る──ということです。

 ただしその状態になった「自分」がずっと身体に入っていたときの記憶を持っているかどうか、また「自分」というものが別の世界(次元)でも同じように人それぞれ「個」の状態として存在するものなのか、などについては私は分かりません。実体験していないものは結局は「概念」でしかないと思うので。。

 

 では私はなぜこのとき、とてつもない恐怖を感じたのかというと、それは

 

死んでも消えないはずの「自分」という存在そのものが何かの力によってどんどん小さくされていき、やがて「無」になり消されてしまいそうになったから

 

 です。この怖さが少しでも分かってもらえたら嬉しいのですが、説明が本当に難しいので分かってもらえなくても仕方がないかなと思っています。

 

 

 今回これを書くにあたり、どうにかこの現象を何かに例えられないかと思っていたら、ひとつ近いものがあることに気づきました。

 

 

映画『2001年宇宙の旅』のHALです。

 

 

 船長のデイブは反逆を起こした人工知能HALを停止させるため、記憶や思考をするためのパーツ(ハードディスクでしたっけ?)を次々と外していき、最後にHALは停止しました。これに近いような気がしています。

 

 HALもパーツを外されて記憶が徐々に消えていき、思考能力が落ちていくのを「怖い」と言っていました。

 

 

本当に怖いんです………

 

 

 で、その後どうなったかというと、しばし休んでいるうちに何とか「自分を消されずに」回復しそうな兆し…というかこの現象に最後まで持っていかれずに持ちこたえられそうな感じがあったので、普段のように友達と一緒に自転車で帰宅することになりました。
 帰宅すると言っても、学校を出てすぐのところにある駄菓子屋に寄ってベンチに座って飲み食いしながら時間をつぶすのが恒例だったので、この日もそこで休むことができました。たしかこの時はほとんど何も食べなかったと思います。こういう休憩があったことが助けにもなって、無事に家まで帰ることが出来たのでした。

 

 そしてこの「訳わかんなくなる」現象は、この日を最後に起きることはありませんでした。

 

 これが結局何だったのか、今でも分かりません。単に何かの病気や脳の機能の障害で引き起こされたものなのか、それとも心霊現象的なものなのか、はたまた宇宙人による人体実験の後遺症なのか(なんつって)……もし真実を知る機会があるのなら是非知りたいところです。

 

 

 「死後の世界なんてない」とか「意識とか感情といったものは、人体の機能から生まれるものとして全て科学的に証明できるものです」なんていう意見はですね、私に言わせれば

 

 

そっちのほうがトンデモ論ですよ。

 

 

 

 っていうか「死」というものが何なのか分かりませんが、たぶん「自分」が存在する居場所・次元が変わるだけのことではないかと思っています。ビビリの私は、死ぬときの「痛み」や「苦しさ」などを体感することへの恐怖はバリバリに持っていますが、死ぬことそのものはあまり怖いと思っていません。だって「自分」は消えないわけですから。

 

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三崎町三丁目通信の主筆・Kです(個人運営ですが)。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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