退廃と暴力が渦巻く街と、そこに生きる善良なるもの
欲望と暴力が支配する近未来の犯罪都市。暗く陰鬱なその街は、ハロウィン前夜の“デヴィルズ・ナイト”になるときまって破壊と惨劇が繰り返される──
そんな“デヴィルズ・ナイト”の夜に惨殺され、それからちょうど1年後に蘇ったエリックにとって、自分とシェリーを殺した悪党への復讐以外にこの街に求めるものは何もありません。
かつて暮らしたアパートに残る思い出の写真や物に触れるたび、幸せだったころの記憶と襲われた夜の記憶がフラッシュバックしてエリックを苦しめます。
ですがそんな哀しみと苦しさだけの世界のなかで、彼に協力する善良な警官アルブレヒトや、ふたりを失って以来孤独な日々を送っている少女サラの存在は、エリックの中に残る人としての優しい心を思い出させてくれるのでした。
サラ
エリックとシェリーの大切な友達だったサラは母親ダーラと暮らしていますが、ドラッグとセックスに溺れ悪党たちにいいように扱われており、母との間に親子らしい関係はすでにありません。サラはその小さな体に寂しさを抱えながらも、ふたりがいなくなったこの街で気丈に生きています。
エリックとシェリーが亡くなってからちょうど1年が経った日、道路に飛び出して車にはねられそうになったところを誰かに助けられたサラ。その男が言った言葉が、ミュージシャンだったエリックが作った歌の歌詞であったことから「もしかしたらあの男は彼なのではないか」と思い、今は立ち入り禁止となっているふたりが暮らしていたアパートへ入り込みます。
ふたりの飼い猫だったゲイブリエルを部屋の中で見つけるものの、エリックの姿はありません。ですが写真を燃やしていた形跡を見て「彼がここにいる」と悟り、誰の姿もない部屋で語りかけます。
「一人で寂しいの」
それでもなお姿を現さないエリックに「もういいわ、忘れたのね」とつぶやき帰ろうとするサラ。
そこでようやく姿を見せたエリックに駆け寄り、涙を流して抱きつく彼女のいじらしさには見ているこちらも泣けてくるものがあります。
自分がこれを最初に見た頃はまだ若かったこともあって、エリックの復讐劇の痛快さや映像の格好良さばかりに目がいっていたのですが、すっかりいい歳になって(笑)見てみると、子どもの純粋さとかいじらしさとかにも目がいくようになってしまい……ダメですね、そういうのにすっかり弱くなっちゃって。。
というわけでこのサラという少女の存在──この腐りきった街のなかにおいての彼女のイノセントさは、周りがほとんどアレなだけにひときわ美しいものに感じられます。
本作が血とバイオレンスにまみれた、単なるエリックの復讐劇とならない大きな要因はここにあるのでしょう。
だからこそ、物語はここできっちり完結していて、なおかつブランドン(エリック)ももうこの世にはいない──という中で作られた、まるっきり別物で後付け感の強い続編『The CROW: City of Angels』が、それでも完全な駄作・完全な蛇足とはならなかったのは
成長し、大人になったサラに起きた物語
であったことに他なりません。
このときはまだ少女でエリックとシェリーに妹のように可愛がられていたサラが大人の女性へと成長し、ある日かつてのエリックのように黄泉の世界から蘇った男と出会う──というストーリーである続編は、全体を通して評価するならば正直やっぱり厳しいものがあるものの(というか今作と比べられる時点でハードルが高すぎるという話でもあります)少なくとも見る価値はあったと言えます。
個人的にはこの続編の撮影監督がレオス・カラックス監督の通称“アレックス青春三部作”と呼ばれる3本の映画『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』の撮影監督だったジャン=イヴ・エスコフィエであったことも「これは見なければ」と思った理由のひとつでもありました。たしかに映像は美しかったです。
アルブレヒト
またサラの他にもうひとり、蘇ったエリックの存在を知り協力する者が現れます。
1年前の事件のとき、病院へ運ばれたシェリーが30時間後に亡くなるまでずっと付き添っていた警官アルブレヒトです。
復讐を果たすたびに警察も動きを摑むようになり、ついには大掛かりな包囲網によって追い詰められたエリックを助けたり、さらにはトップ・ダラーたちの策略により力を奪われ、万事休すかと思われたエリックを救ったのもこのアルブレヒトでした。
そして不死身の力を失い、銃弾を受け重傷を負ったエリックがトップ・ダラーを倒すことが出来たのは、他でもないアルブレヒトのおかげだったのでした。
1年前の事件のあと病院でずっとシェリーのそばに寄り添い、彼女の「30時間に及ぶ苦しみの記憶」を伝えたことにより、エリックは最後の最後でトップ・ダラーを倒すことが出来たのです。
この街の諸悪の根源であり、エリックとシェリーの殺害を指示した男であるトップ・ダラーに死を与えることとなったのが、エリックの力ではなく「シェリーの30時間に及ぶ苦しみの記憶」であったことには大変大きな意味があります。
エリックによるこの一連の復讐が、エリックとシェリーの魂の救済、ふたりが永遠の愛で結ばれるために必要なものだったのであれば、この裁きを終わらせる最後の一撃はエリックではなくシェリーから、つまり「シェリーが体験した苦しみをそのまま“根源”へと還すこと」によって成され、そこで初めて完遂される──ということだったのでしょう。
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