【ミハル】映画『プラットフォーム』レビュー②──内容とは別に気になった2つのこと【人種差別】

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根深い人種差別

 先ほど書いたようにこの映画には「アジア人=細い目」という、分かりやすい表現が出てくるわけですが、気になったもうひとつのことというのがまさにこの「人種差別」についてでした。

 何て言えばいいんですかね…。もう息をするようにナチュラルに、さも当然のことといった感じでサラリと吐き出される差別的発言の数々。

 

 

 6層にやってきたバハラトがロープを使って上に上がろうと5層の者たちに協力を仰ぎます。

 5層には男女がおり「どうして上に上がりたいのか」「神を信じているのか」「お前を助けることでどんな報いが?」といったことを次々と質問。冷静で紳士的な言い方ではあるものの、この時点ですでにやや蔑んでいるような印象を受けます。

 

 

 それに対してバハラトが「永遠の命を得られる」と、説得力のない都合のいい解釈で己の信仰を示すと、5層の男は

 

「永遠の命か、悪くないね」

 

「黒人を助けるだけで?」

 

 と言うのでした。

 またゴレンとともに下へ降りた際、すぐ下にいたのは2ヶ月前にバハラトを上に上げてくれた男たちでした。そのうちの初老の男は、今日だけ食べるなという指示に反発し、ゴレンには「救世主のつもりか」「救世主は食い物を増やす。奪ったりしない」「バカげてる」と文句を言い、バハラトには

 

「何様のつもりだ?」

 

「白人に仕える黒人か?」

「¿El criado negro de puto blanco?」

 

 と罵ります。

 「白人」の前に「puto」が付いているのでゴレンに対する罵りも含まれているのですが、それでも黒人に対しては人種でディスってくるっていう。。。

 

 

 そして333層で台座から降り、そこで女の子とともに夜を迎えたゴレンの前に幻想として現れたトリマガシがこう言います。

 

「それで? 黒人を食うか?」

 

 もうお腹いっぱいだーー!!(いやそっちの意味じゃなくて

 イモギリにしても5層や7層の連中にしても、そして元々人間性に問題があったトリマガシにしても、良くない言葉を言ってしまうだけの絶望をここで経験しています。それにそもそもここにいる時点で、外の世界で日常生活を送っているときの精神状態とはほど遠いということも理解しています。

 ですが、だからこそこういうときに心の中に持っている差別意識が隠し切れずに出てしまう、ということでもあるのかなと。

 

 

 スペイン人は差別意識が強い、アジア人に対する差別がキツい、という話をまあまあ聞きます。もちろん反論もあると思いますし、全ての人がそうだとは決して言いません。

 ですが実際に行ったことはないけどスペイン語を結構な期間勉強して、スペインについて関心を持って情報を得ようとし、スペインをかなり贔屓目に見ていた自分が、スペイン語学習への意欲を大きく失うことになった理由のひとつがこの差別意識だったりします(勉強は完全に辞めたわけではありませんが)。まぁそれを言ったら他の西欧諸国も同じようなものなのかもしれませんが、それでも思っていた以上に目に付いてしまったんですよね……。

 誤解がないように付け加えると、決して嫌いになったわけではないんです。単に以前にはあった意欲が削がれ、関心が薄れてしまっただけです…。

 

 さらにこの映画には、一口に人種差別という言葉では説明できないセンシティブな問題についても出てきます。

 トリマガシがこの牢獄に入るきっかけとなったのは、彼が窓から投げ捨てたテレビで不法移民を殺してしまったことによりますが、トリマガシは「違法に入国した奴が死んだのは自分のせいだというのか?」と、全く罪の意識を持っていません。

 不法移民についての善し悪しはここで何か書くつもりはありませんが、近年とくに大きな問題となっているヨーロッパ、とりわけスペインは地理的にもアフリカ大陸のすぐ上にあることから、他のEU諸国とはまた違った状況に置かれているようです。私もYouTubeやSNSなどで「うわぁ…」ってなるようなのを結構見ました。

 

 

 去年の7月あたりから何人かのスペインの政治系YouTuberの動画を時々見るようになったのですが、彼らの言い分が全て正しいのかどうかは別として、ヨーロッパやアメリカで起きている移民問題の報道がいかに偏りのあるものであるか、そしてその偏った視点こそが真実であるかのように発信されているかを知り(たとえ言葉が理解できなくても)、見るたびに本当にうんざりさせられています。この辺は日本もだいたい同じだからおそらく想像できますよね。

 

「海外では──」

「欧米では──」

 

 などと、これが世界の現実です、これが世界基準なのです、みたいに向こうの映像なんかを引用して日々刷り込みをしていますが、その情報元からして嘘ですからね。

 ここにそれらの例としていくつかの動画と説明を書いてみたのですが、このレビューからだいぶ話がずれてしまったのでやっぱりやめました…。

 なんにせよ、移民問題とか人種差別に関して報道されている内容はとにかく偏りまくってて闇が深すぎるんですよね。。。

 

 

精神性に人種は関係ない

 ゴレンとバハラトがさらに下へ降りていった先に、車いすに乗った黒人男性がいました。この男性もバハラトが知る人物で、「誰だ」と聞くゴレンにバハラトは

 

「賢い人だ」

「Un hombre el sabio.」

※聞き取り間違いだったらすみません

 

 と言います。この「賢人」はふたりに対し、皆に食べ物を配るためにやっているという行動には賛同するが、何よりもまず礼儀が大切だと説き、実力行使に出る前にまずは相手を説得しなさい、と伝えます。

 そして彼らの行動の先にあるもの──ゴレンもバハラトも考えていなかった、この行動の最終的な目的についても教えてくれるのでした。手をつけずに料理を0層へ戻すこと、それがメッセージとなること、パンナコッタがメッセージになること。

 このような空間(バハラトの言葉を借りれば「地獄」)に彼のような男が存在していたことも運命的なものを感じますが、その男が黒人であること、そして彼が従えているのがモヒカンの白人男性というのも実に印象深いものがあります。

 

 

 結局はこの賢人がゴレンとバハラトを導いたことになり、それはつまり

 

人種や身分、身体的な強さなどは人の精神性には関係しない

 

 ということの証明でもあります(もちろん教育や環境が影響することは間違いないので、国単位でそういう面に差がついている場合はまた別の話となるのでしょうけど)。

 このような酷い場所で自分よりも弱い立場である足の不自由なこの賢人を支えているのがモヒカンの男というのもそれを象徴していますし、さらには上で取り仕切っている管理者についても同じことが言えます。

 ラストの解釈は人によって様々だと思いますが、管理者が髪の毛のついたパンナコッタを見て激怒していたことが

 

届けられたメッセージを見ても真意を全く理解できていない

 

 ということの表れだとしたら、まさに賢人が言う

 

「管理者は良心を持っていない」

「La administración no tiene conciencia.」

 

 ことを如実に示している何よりの証拠です。

 繰り返しになりますが、見た目や身分・人種というものは、人の精神性とは関係ないんですね。

 

 

 しかしこれはまた逆の場合にも当てはまり、その現実が見ている私たちに痛みのようなものを与えてくれたりもします。

 96層で死にかけの老人と一緒にいた知的障害のある若い男の発言も強烈なものがありました。知的障害者として道徳面に関わる部分になにか問題があるのか、それともこのような極限状態に加えて知的障害があることで本心を隠して取り繕う、という意識を持っていないのかは分かりませんが、社会の中では同じ「弱者」であるはずの老人(しかも死にかけている)への優しさがかけらも無く、

 

「どうせ死ぬ」

「僕が枕で窒息死させる」

「腹を割いて彼が食ったものを食う」

 

 などという恐ろしいことをサラリと言ってしまうのでした。

 

 

 さすがにこの発言にはゴレンもバハラトを言葉を失ってしまいます。自分たちが命がけで食べ物を届ける相手がこういう人間だと辛いものがあるでしょうね。

 

 ですが「人を救う」ということはきっとそういうことなのでしょう……

 

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