【MBTI】結局のところ自分はINFJなのかINFPなのか問題その③──前から自覚していた自身の特徴(暗黒面も有り)【小ネタ】

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 今回の内容はINFJかINFPかを判断するポイントとなりそうな自分の特徴について挙げてみたのですが、書いているうちに自分の中の暗黒面が噴出してきてしまい、我ながら少し怖くなりました(笑)。

 読んでいく途中で引いてしまう人もいるかもしれませんが、これもまた推定INFJ人間のリアルな姿と思って受け流していただければと思います。

 

 前回の記事で取り上げた動画やテストの結果以外にも、前から自覚していた自身の特徴とか、何かに対する見方みたいなもののうち「自分がINFJなのかINFPなのかを判別する材料になりそうなもの」が幾つか思い浮かんだので、今回はそれを挙げていこうと思います。これを読む誰かの参考になれば幸いですが、どちらかといえば自分のための備忘録といった感じです。

 

【小ネタ】16パターンに分類される性格診断で自己肯定感が高まった話【MBTI】
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 で、その自覚している自分の特徴の中には「やや病的なくらいにこだわってしまうキーワード」みたいなものがあって、それについては実は結構前から気になっていました。

 あるときそのことに気がついたんですが、どうも特定の状況に遭遇すると一種の癖のように同じ言葉を使って反応してしまうのです。

 

「うっ、またこの言葉を使ってるよ……」

 

 みたいな感じに。しかも自分以外の人でその言葉を使うのをあまり聞いたことがないんですよね。

 それは例えるなら映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマーティが「腰抜け」と呼ばれることに対して異常なまでに強い反応を示すのと少し似ています。マーティの場合は誰かに言われて反応するというもので、自分の場合は「ある状況に遭遇して感じること」なのでその辺はちょっと違うのですが。

 

これってINFJ的特徴? ①
誰かが「報われない」ことが大嫌い

 まずはその「やや病的なくらいにこだわってしまうキーワード」から挙げていきます。

 それは何かというと

 

報われる(または)報われない

 

 という言葉。

 

 自分がこの言葉を結構な頻度で使うこと(またはそのことに非常に強い反応を示すこと)に気付いたのはここ10年くらいの間のどこかになりますが、振り返ってみるともっと全然前から既にこのキーワードに反応していたことが分かりました。

 これについて考えていくと、どうやら幼少期の体験が原因になっている可能性が高いようです。たぶんあの時(一回だけではないんですが)のことが原因だろうな…というのがあるのです。それについては個人的なことなのでここには書きませんが。

 またこの「報われる(または)報われない」という言葉を自分が言ったり考えたりする場面で、周りの誰かも同じような反応を示したり同調することはほとんどゼロであることも分かりました。

 なのでそういうことを気にしているのは、少なくともそこにいる人の中では自分だけらしいのです。ということは誰もが感じるごく普通の感覚ではない、ということなになるので、これは性格パターンの判断材料になるんじゃないかと思った次第です。

 で、ここで言う「報われる(または)報われない」という言葉を向ける対象ですが、ほとんどの場合は自分ではなく他者に対してのものとなります。

 

とにかく「報われない」ということが大嫌いなのです。

 

 例えば、実直に誠実に行った誰かの行為(またはその労力)が周りから全然気付かれていないとか、全く評価してもらえなかったりして、それについて受けてしかるべき報酬(それは必ずしもお金など物的なものという意味ではなく、ただ周りがそれに気付いて「ありがとう」と心から感謝するだけでいい場合も多いです)が得られなかったりすることに、とにかくものすごく納得がいかなくて気分が悪くなるんですね。

 このことがどれくらい大嫌いかというと、例えば仲間内のグループで、真面目かつ恩着せがましくもなく行った誰かの努力や労力が軽く扱われて(または気付かれることすらなく)全く報われなかったとき、その恩恵を受けた全員で支払うべき対価(必ずしもお金とは限りません)を自分が全部ひとりで払ってでもその行いに報いようとすることもあるくらいです。というか実際にそれをしたこともあります。

 

 自分がそれで損することになるとか、そういうことはどうでもよくなってしまうんですよね。

 

 はたまたそのグループの雰囲気がブチ壊れようが、そこでやらなければならない事が大きく頓挫しようが一切関係なく、周りがそのことに気付かなかった愚かさを少し嫌な言い方をもって直接なり間接的になり責めたりすることもあるかもしれません。なんかすごく嫌なやつですね(笑)。

 でもってそういうときにさらに腹が立つのは、自分がそれを言ったときには誰もピンときていなくてきょとんとしていたくせに(「えっ、なんでこの人こんなに怒ってんの?」みたいな)、あとになって誰かがいけしゃあしゃあと

 

「先日は○○さんがみんなのために■■■をしてくださいました。ありがとうございます」(裏の意味:さぁ、みんなも私に倣ってお礼を言いなさいね)

 

みたいな模範的メッセージをLINEのグループとか一斉メールとかで流し、周りの人たちもまるで初めてその話題が出たかのようにそれに乗っかってお礼を言う、みたいなことが起きたりするんですよね。

 

この野郎………みたいな。

 

 まぁそんな具体例はさておき(笑)、ここでの重要なポイントは

 

誰かが報われないことに対するこの猛烈な憤りは、実はその当人の気持ちを感じ取ってのものではない──

 

 ということにあります。

 これはMBTIというものを知ってINFJの心理機能などを調べるようになって初めて気付いたのですが、自分の場合、その人が報われずに悲しい思いをしているという感情(=本当にそう感じているのかどうかは別w)に気付き、それに寄り添って憤りを覚えているのでなくて、

 

本来ならばその人の行いが正しく報われるべきであるのに、そうなっていないという状況を感じ取り、そのような不誠実なことが起きてしまったことが許せない

 

 のだと思います。もしかしたらその人は全然気にしていないのかもしれないし、なんなら自分がそれに猛烈に反応することを逆に迷惑に感じているかもしれないのですが(笑)、そんなことは関係なくなぜか自分が反応してしまうんですよね。。この辺がもしかしたらINFJ的な思考パターンなのかなと思ったのですが、どうなんでしょう。

 

 (自分が信じる価値観での)平等さとか、正しい世界としてのあるべき形になっていない状況がたまらなく嫌、という感じなんでしょうね。

これってINFJ的特徴? ②
自分の倫理観を尺度に(頭の中で)人を試す

 詳しい解説をまとめてあったサイトの中で、INFJの特徴のひとつに次のようなものがありました。

↓こちらです。

キャラクター性格診断スレまとめ wiki 内、INFJのキャラ解説ページ

 

また、ENFJが人の目を引き付ける光のヒーローだとしたら、INFJは助けた相手に名も告げずに立ち去る影のヒーローである。

 

 これなんて完全に当てはまっていて(自分がヒーロー的行動を取れるかどうかは別としてw)、そうすることが美学というか正しいことだと信じているふしがあります。名乗りたくないんですよね。(でも気付いてほしいんですがw)

 で、それだけだったらとくに問題はないと思うんですが、自分の性格の悪いところは

 

相手がそれに気付くかどうかを試すことがある

 

 という点です。ひでぇ奴だ…(笑)。

 もちろんこういうことをするのは極々稀ですが、例えば個人的に関心や信頼を寄せられそうな対象が現れたときに、その相手が

 

人に言われなくても、その人の感覚・感性でもって陰で行われた善行に気付ける人間であるかどうか

 

 を観察することがあります。どんだけ上から目線なんだよっていう(笑)。

 それはその人に期待しているからでもあるのだと思います。。。そしてそこに気付ける感性とか倫理観を持っている人と仲良くなりたいという願望があるのでしょうね。例えば、

 

職場で決して仕事が早いとは思われておらず、能力的にあまり評価されていない人が「とくに誰がやらなければならないと決まっているわけではない作業(共用物の片付けとかかかってきた電話や来客への対応など)」を他の人より圧倒的に多くこなしている事実に気付けているかどうか

 

 といったことについて周りを観察しており、そのことに気付けていない人の評価は(誰にも言わないけど)ものすごく低かったりします。当然、そこに気付けてもいないくせに表では綺麗事を言っていい人だと思われようとしているような人は(以下略)

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