自己肯定感が上がった
さて、自分で自分の性格のパターンを認識し、とりあえず自分がINFJだとして、その特徴の中の一部を拾って
と思ってしまうだけであれば、それは自己評価を下げることに繋がりますが、見方を変えれば
というふうに考えることもできます。というかそう考えるのが妥当でしょう。
INFJは日本では結構多いらしいのですが、世界全体で見れば最も少ないパターンらしいので周りに同じタイプの人がいなくても不思議ではありません。だから自分が周りの人たちから変わり者だと思われることもあるかもしれませんが、
それはそういう傾向の性格である──
ただそれだけのことです。
だからそれはネガティブなものではないし、そういう性格であることに対して自分が責任を感じたり問題視する必要なんてこれっぽちもない、ということ。
INFJに限らずどの性格のパターンでも言えることですが、例えば自分が周りの人たちと比べてエネルギッシュではないとか、人前でしっかり意見を言えない、といったような「一見ネガティブに捉えてしまいそうな要素」でも、それは元々の性格であり特徴なのであって欠点ではないのです。
別の見方をすれば「エネルギッシュではない」というのは慎重に対応できるタイプで落ち着きがあるということなのかもしれないし、「人前でしっかり意見を言えない」というのは自分の発言が周りに与える影響を考慮できる思慮深さの表れなのかもしれません。つまりは、
自分は自分のままで何一つ問題ない
ということになるわけです。
よく自己啓発とかスピリチュアルの分野から
などを解説している本や動画を目にしたりしますが、この事実を知ればそんなことろに頼る必要もお金を払う必要もないんだ、ということに気付かされます。(それらが全く必要ない、という意味ではありません。私もよく見ますので)
だってどの性格パターンも「個性」だし、自分のパターンの特徴について嫌だなぁと思っていることが別のパターンを持つ誰かにとっては羨ましい特徴だと思われていたりもするのですから。
頭の中がお花畑(INFPの特徴らしい)だっていいじゃないですかw その特徴が芸術性に繋がっているんですから。現代の人々がジョン・レノン(INFP)に対して
なんて言ってたとしたら、そいつのほうがバカだと思われますよね(笑)。
若いころの自分
昔の私は、それはもうものすごいレベルの人見知りでした(笑)。しかし独立してフリーランスになったあたりから半ば強制的にそこは改善され(じゃないと食べていけないので)、さらに年を取って人生経験も積んでいくと、それなりに蓄積されたノウハウや自信みたいなものも身についてくるもので、初対面の人と話すのは別に苦ではなくなりました。もちろんそれは「誰とでも楽しく会話できます」という意味ではありませんが。
そんなふうに改善された部分もある一方で、
というのは昔も今も変わりません。会えば楽しく過ごせるんですが、一日中一緒にいたいとは思わなかったり(笑)、自分が声をかけるということは自分がその日の段取りをオーガナイズする責任が生じる気がして(相手ではなく責任を持つことに対して)気を遣うことに煩わしさを感じてしまい、だったら別に一人で過ごしたほうがいいな…なんて思ってしまうんですね。
またソーシャルメディアから離れていることも周りの人にはあまり理解されていないようで、それも何だかなと感じていました。Twitterだけは欲しい情報のために最近リストを少しだけ見るようになりましたが、自分で発信するのは2~3年前にやめました。始めたのは2009年の暮れ頃なので結構古いほうなんですけどね。
Facebookについては、とある事情でアカウントを取ってちょっとだけ使ってみたものの、
に気持ち悪さを覚えてすぐに放置(笑)。
インスタに至ってはアカウントすらありません。まぁ実際には初めてインスタが登場したときにインストールしたらなんか勝手にiCloudのアドレスでアカウントを作られてしまったようなんですが(DMが届くことでアカウントが作られていたことを知りました)。
その他短い動画のアレなんかも見るどころかインストールもしていません。
唯一やっているのがWhatsappなんですが、これは海外のペンパル(死語かもw)とのやり取りに使うだけなので完全にクローズドなコミュニケーションです。LINEも連絡が必要な相手に必要なとき使うだけなので、日常的にはスポーツ系のニュース記事を読むくらいにしか使っていません。
こうして読んでみると「大丈夫かこいつ」って思われそうですね(笑)。
今まではこんな感じの自分が
としてここまで浮世離れした生活になったのかなと思っていたのですが、今回この性格診断テストをやってみて
単に元々そういう考えに至る人間だった
ということが分かり、ものすごくすっきりしたのでした(笑)。
こちら↓の動画ではソーシャルメディアについて取り上げていますが、ここでのINFJがまさに自分が思っていたことそのものなんですよね。
またINFPについても、過去にちょっと似たような失敗をしたことがあるので笑えました。そういう失敗自体が性格の特徴からくるものなのか、その失敗に対しての反応がINFPらしいということなのかは知りませんが(笑)。
私は語学や健康系、オカルトだったり世界の裏側を暴く系?から精神世界系のものなど、自己の成長に繋がる知識を得られる動画が好きでいっつもそんな動画ばかりを見ているのですが(笑)、そのなかでも精神世界や世界の裏側・真実などを取り扱う人たちが
ということに若干の違和感を覚えたりしていました。
もちろん、届けたい情報を広く発信できる場としていまだにそれらが強いのは理解していますし、(自分は参加しないけど)有料会員などに入るためにFacebookのアカウントを通すことで入ってくる人がまともな人かどうかを判断するフィルターとして機能させていることも十分理解はしています。
ですがそれでも
などと勝手にガッカリしていたのでした(笑)。
しかし今回この16の性格パターンというものの存在を知って、そのモヤモヤした思いも奇麗さっぱりなくなりました。
たとえどれだけ素晴らしい知識を持ち、多くの努力と経験をして、自分よりもずっと高みに達しているような人であっても人それぞれの個性や特性というものがあり、どれが正解でどれが間違いというものもないのだから、自分の信念と違っていても何も問題はない。なぜならそれがそれぞれの個性なのだから──そう思えるようになったのです。
と同時に、自分の考えがそれらの素晴らしいと思う人たちと違っていたとしても、自分が正しいと確信していることならたとえ周りの誰とも共有できなくてもその信念は変えなくてもいいんだ──ということにも気付けたのでした。とどのつまりは、
昔の自分も今の自分も、性格や特徴という面においては何も問題なんてなかった
自分が本当に正しいと信じていることは、誰から何を言われても変える必要なんてない
という、自分自身に対しての絶対的な肯定感を得ることが出来たのでした。
この晴れやかさは本当に素晴らしいものです。この性格診断自体はとっくに存在しているものでしたが、私は今回初めて知ったので今になってひとりで盛り上がっているというわけです(笑)。
もちろん、人間なので全ての行動・発言が正しいというわけではないので間違いは起こしますし、反省しなければならないようなことも言ったり行ったりすることもあるでしょう。そういう話ではなく、人間の本質としての個性や特徴にはそれぞれ違いがあって当然なのだから、自分が持っているその個性を他の人の個性に無理に合わせることはない──という意味です。
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