溢れ出る“おとぎ話感”
物語の舞台は1962年のアメリカということで、家具や家電、インテリアなどはいわゆるミッドセンチュリーもので占められており、車やファッションなども50~60年代頃のデザインで、2018年の今見てもとてもイケてて掃除婦の制服すらも可愛く見えてしまいます。指ちぎれ男ストリックランドの妻も二人の子持ちの主婦とは思えないような若々しい髪型をしていたりします。
指ちぎれ男の家はまぁいいとして、イライザや隣人のジャイルズの部屋、そして通勤途中に通る道のお店など、ミッドセンチュリーという言葉だけでは語れない、あの溢れ出る“おとぎ話感”は一体なんなのでしょうか。
“ありそうでないもの”がギュッと詰まったようなあの部屋。ただ卵をゆでてるだけなのにちょっと非現実的な空間のようなキッチン。ギレルモ監督お得意の、と言えばそれまでですが、ああいった“ちょっとだけ現実離れした空間”的な見せ方はどうやってるんだろうと考えながら序盤を見ていました。アイテムの揃え方はもちろんのこと、色彩や陰影の使い方が絶妙なのはまぁ分かるとして、一番気になったのは画面の収まり方というか、画角というか……魚眼レンズほどじゃないんですけど、ひとつの画面にいろんなものがギュッと収まっている感じが絵本的なのか、それとも子どもが見ている視界に近いとか、そんな感じなのでしょうか。
作品賞を受賞しましたが…
本年度のアカデミー賞で作品賞にノミネートされ、発表前の時点では「賞を取っても全く不思議じゃないけど、そういう一番上の賞とか権威みたいなものから少し外れるからこの人はいいんじゃないか」などといった、オタク風情の輩がいかにも言いそうなことを私も考えていたわけですが(笑)、結局取っちゃいました。
ってことはやっぱり面白いんだろうなぁとは予想できるものの、予告などでちらっと見える“不思議ないきもの”=“彼”の姿などから思うに「でも『パンズ・ラビリンス』みたいなキャラの映画なんでしょ? マジで?」とやや不安もあったのですが、先にも書いたように予想よりかなりソフトな造形だったことと、やはり「虫と魚では根本的に感じる印象が違う」ということが大きかったようです(笑)。
ちなみにこの“彼”の中の人は『パンズ・ラビリンス』のパン役(おぉ…)でもあり、また『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』でシルバーサーファーを演じた人(おぉぉ…!)でもあるそうで。そういえばシルバーサーファーもいい筋肉してましたなぁ…。元々ガタイがいい人なのかどうかは分かりませんが、立ち姿がどちらもすごく格好いいですよね。
『パンズ・ラビリンス』の解釈を変える今作
元々ああいう映画が好きだということもありますが、2005~2006年あたりからスペイン語をゆるーく勉強し始めて、スペインの内戦~フランコ独裁政権時代について、いろんな側の意見を目にすることがあったりしたことから多少の関心もあったため、個人的に『パンズ・ラビリンス』はけっこう思い入れ深く見た映画でした。
同じような時代背景を扱った1973年の名作『ミツバチのささやき』では制作時まだフランコ政権下だったこともあって、だいぶぼかされていた(というかテーマも違うので)血生臭い部分が、『パンズ・ラビリンス』では前面に出ていました。
厳しく非情な戦いが目の前で行われているようなところで暮らすことを余儀なくされた主人公の女の子オフェリアについて、私は「あまりにも現実が辛いため、幻想の中で別の人生を生きることで自分を保っている」という『エンジェル・ウォーズ』的設定(ここでそれかよ、って言われそうですがw)だと思って見ていました。
なのでラストも「本当にあの世界で幸せに生きて“いてくれてたらいいな”」という、切ない「願望」として見ていたのですが、今回の『シェイプ・オブ・ウォーター』でギレルモ監督は、幻想か現実か分からないという曖昧な世界ではなく、きっちりと現実の世界として描いてくれました。
クライマックスではオフェリアと同じことがイライザにも起こってしまいますが、それでも最後にちゃんと昇華させてくれたことで、私は『パンズ・ラビリンス』のオフェリアも“本当に”あの地底の王国で王女として幸せになったんだ──と思うことにしました。「おとぎ話」とは本来そうあるべき、ってことで。
耳の痛ーいあの言葉をについて
さて、“彼”を助けるのを手伝ってくれるよう頼みにいったが躊躇して断るジャイルズに向かってイライザが放ったこの台詞。
「彼を助けないんだったら、私たちだって人間じゃないわ」
なんという耳の痛い言葉でしょうか…そりゃイライザはある意味当事者だからそこまで出来るんだろうけどさぁ、なんて言い訳してしまいそうですが、いざ自分たちが何かの当事者になったとき、はたして同じように勇気を出して行動することが出来るでしょうか。。これをただの映画の中のいち台詞(つまり他人事)として聞き流して「いい映画だったね♡」で済ませてしまったら、どこからか
「お手軽に感動してそれで終わりにするんじゃねーぞ!!!」
っていうタイラー・ダーデン(『ファイト・クラブ』)の声が聞こえてくるかもしれません(笑)。
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