【レオス・カラックス監督作】映画『ポンヌフの恋人』①──過去2作との違いと終盤までの考察など【アレックス青春三部作】

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過去作との共通点と異なる点

 『ボーイ・ミーツ・ガール』と『汚れた血』では、主人公アレックスの特徴に分かりやすく共通するものがいくつか見られました。

 例えば実年齢よりも考え方にどこか人生を達観したようなところがあったり、物事をあまりにも考え過ぎて全てのことを頭の中で結論付けるようになり、結果自らの人生に希望を持てなくなっているところなどが挙げられます。

 また両作品ともに夜の場面が大部分を占めていて、その辺りも現実と幻想の境界線が曖昧になっていることを助長していたように思えます。

 今作『ポンヌフの恋人』でのアレックスは天涯孤独のホームレスという設定なので「人生に希望を持つ」とか「生き急ぐ」などという、ある種贅沢な考え方はそもそも存在しません。

 その日を生きることしか考えない生活で、普通の人たちが抱く愛だの夢だのといったものとは無縁の人生を送っていたアレックスが、愛する女性と出会い突然幸せというものを知り、それに執着することになります。

 過去2作のアレックスも誰かを愛し求めましたがその一方では人生の終わりに意識が向かっていて、愛によって生きようとする力と死に向かう力との引っ張り合い、もしくは揺れ動きのようなものが見られました。

 それに対し今作でのアレックスはもともとがゼロであり希望も絶望もなかったので、ミシェルという愛する存在がいる人生以外は望んでいません。そういう意味では実に単純明快で、純度100%なのですね。

 アレックスにとっては快適な暮らしもお金も全く意味を持っていないことは、ミシェルが橋から出ていかないように貯めたお金を川に落とさせたところからも分かりますが、

 

余分なものが全くない、純度100%の主人公を表現するのにぴったりな設定が天涯孤独のホームレスだった──

 

 というなのではないかと、勝手に想像しています。

 ミシェルへの愛は生きる意味と理由をアレックスにもたらしましたが、逆にいえばミシェルという存在を失ってしまった彼の人生には何も残らないことを意味します。刑務所での服役生活で見た目もずいぶんまともになったのにアレックスの姿はとても空虚なものに見えるというのは皮肉なものです。

 また3作を通しての共通点としてすぐに思い浮かぶのは、アレックスは不眠症であることと常時薬を服用しているという点。『ボーイ・ミーツ・ガール』での現実と幻想とが入り交じったような描写はアレックスが服用しているアンプルによるものだと思われます。

 そしてアレックスが愛する女性はみなどこか精神的に成熟しているように見え(問題は抱えていますが)、アレックスは常に彼女たちに向かって走ります。ミレーユもアンナもミシェルもアレックスを追いかける存在ではなく、アレックスが彼女たちを追いかけます。

 唯一違ったのは『汚れた血』のリーズでしたが、彼女はアレックスにとって未来ではなく過去でしたので……。似た立ち位置だったのが次作『ポーラX』でのリュシーでしょうか。

 そしてもちろん大きな違いはエンディングでしょう。今作では意外にもポジティブな終わり方となっていて、以前の作品を見ていた方は逆の意味で予想を裏切られたのではないかと思います。

 そのようなエンディングになったいきさつについては、パンフレットや雑誌のインタビューに掲載されていた内容も紹介しつつレビュー②のほうで取り上げています。

 

 

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考察的なもの

 まずは登場人物の名前と、それにまつわる小ネタ的なものから。

主人公の名前と年齢

 主人公の名前と年齢はそれぞれ以下の通り。

 

アレックス・ヴォーガン(28歳)

ミシェル・スタランス(26歳)

 

 スタランスという姓はジュリエット・ビノシュの姉、マリオン・スタランスからきています(スタランスは母親の姓とのこと)。

 またその姉マリオンは、アレックスが忍び込んだサン・クルーの部屋で寝ていた女性・マリオン役として一瞬出演していたりもしますが、今作と次作『ポーラX』ではスチール撮影を担当している映画のスタッフのひとりです。

※文法的にどうなっているのかは分からないのですが、フランス語では語尾のsを発音しない(ことが多い?)ようなので、字幕ではミシェルの名前は「ミシェル・スタラン」となっていますが、パンフや雑誌のインタビューでのマリオンの表記はスタランスとなっているのでこのようにしました。

 カラックスは同じ名前や場所、建物などを度々登場させる傾向がありますが(トマ、ジュリアン、ハンスなど)、ミシェルが飼っている猫のルイジアンヌという名前も『汚れた血』でアレックスたちが宿泊していたホテルの名前です。そしてそのホテルも今作でアレックスが予約したと言っていたホテルがそこであるという話も。

 

アレックスとミシェルが得たもの、失ったもの

 画学生のミシェルは恋人ジュリアンを失い、それが原因なのか目の病に冒され左目はすでに絆創膏で塞がれています。

 残った右目も日に日に視力を失いつつあるという絶望感のなかで家出をし、ポンヌフに辿り着きアレックスと出会うこととなります。

 この時点でミシェルは人生への希望を失っており、当初はアレックスに対して特別な感情は持っていませんでしたが、怖いもの知らずでどんな状況でも生きて行けるというある種の無敵感を持ち、天涯孤独のホームレスとして俗世間の中で経験する人間関係での悩みなどとは無縁な人生を送るアレックスに少しずつ心を開いていきます。

 損得も駆け引きもなしにただ純粋に自分を愛してくれるアレックスに対してミシェルもまた愛で応えようとするのと同時に、じきに目が見えなくなる怖さと孤独感から自分を守ってくれる存在としてアレックスを求めていったように見えました。

 アレックスはハンスが言う「自分たちの生活には愛だのといった世間並みの幸せはない。ただ食うものと寝る場所を得て毎日を生きるだけ」という言葉通り元々何もない人間でしたが、ミシェルと出会って初めて愛というものを知ることとなります。

 初めて人を愛し、愛されたいと思うようになったアレックスの想いは成就しますが、同時にアレックスはこれまで経験したことがなかった「失うことへの怖れ」をも手にしてしまうこととなりました。

 ミシェルは「アレックスに眠り方を教えたことが自分の誇り」と言っていましたが、実はアレックスはミシェルとセックスするようになってからもハンスの睡眠薬を飲んで寝ています。

 

ミシェルと結ばれてからもアレックスは薬なしに眠ることができない=心からの安らぎを得られていない

それはミシェルがいなくなることへの怖れがあるから

 

 ということもあるのでしょうか。

 そしてその睡眠薬を使って稼いだお金で「冬になったら橋を出てどこかで暮らそう」というミシェルの提案を

 

ここから離れてしまったらミシェルは自分の元からいなくなってしまう

 

 と怖れ、せっかく稼いだお金を川に落とすように仕向けるのでした。つまりアレックスにとってはミシェル以外に望むものは何もなく、お金も心地よい場所での暮らしも「ミシェルを失うことに繋がる可能性」としてしか考えていないことが分かります。

 映画の序盤で地下鉄の通路でチェロを弾いていたジュリアンを脅して立ち去らせ、ジュリアンを探していたミシェルには「太った女だった」と嘘をついたのも、ミシェルを探すポスターが貼られているのをミシェルに見せないようにしたのも全て「自分がミシェルを失わないための行動」で、ミシェルの幸せのためではありませんでした。

 そんなアレックスの行動をどう思うかは見る人によって様々だとは思いますが、とにかくアレックスにとってはミシェルがいる生活が自分の全てであり生きる理由だったのだろうと思います。

 自分の目が治る可能性があることを知ったミシェルは、アレックスが自分を手放さないことを知っているので睡眠薬を飲ませて眠らせた隙にアレックスの元を去ります。

 「あなたを愛していなかった」「私のことは忘れて」と書き置きして去っていったミシェルを責める人はおそらくいないと思いますが、もしかしたら何てひどい女なんだ! と考える人もなかにはいるかもしれません。

 絵描きが二度と絵を描けなくなる──ということを除いても、目が見えなくなるということがどれだけ怖いことかは誰でも想像がつきますから、その絶望が終わる可能性を提示されたら誰だってそれに懸けようと思うはず。

 そこで「必ず戻ってくるから待っていて」ではなく「私のことは忘れて」と書いたミシェルは、自分自身に正直であったと私は考えます。もちろんそれがアレックスをどれほど傷付けることになるのかも分かっていたでしょうから、辛い選択であったとも思いますが。

 ミシェルを失ったアレックスは生きる意味を失い、隠していた拳銃の最後の1発で自分の指を吹き飛ばします。ミシェルがハンスと美術館へ行った夜に悲しみから自身の身体を傷付けたアレックスですが、時が経てば治る切り傷と違って吹き飛ばした指は二度と元には戻りません。

 完全に生気を失ったアレックスはその後、ポスターを焼いたときに誤って作業員を殺してしまった罪で警察に捕まりますが、自白させるために暴行を加えられているときも全くの無反応。こういうのは見ていて痛々しいものがあります。

 そしてそれから2年が経ち、視力を取り戻したミシェルは忘れたと思っていたアレックスへの想いが強くなっていることを自覚し、刑務所へ面会に行きます。

 面会所へと向かうアレックスの姿は、ホームレスの浮浪者だった以前と比べると格段にまともに見え、また作業服(囚人服?)姿で歩くアレックスからはここでようやく過去2作のアレックスの雰囲気に寄ってきたように感じられたのでした。ミシェルもそんな彼を見て「ハンサムよ」と言います。

 ここへ来たいきさつを話し、自分の目を引き合いにして「治らないものなんてないのよ」とアレックスを諭すミシェルですが、アレックスの左手は手袋がはめられたままで、その手は終始ポケットの中。

 視力を失うのを待つだけだったミシェルは絶望の中でアレックスと出会い、希望などどこにもないような人生を送ってきたアレックスは「何もない場所」でミシェルと出会いました。

 ミシェルは失明という絶望から解放される可能性を知って去り、視力を取り戻して再びアレックスの前に現れます。そこで目にしたアレックスは以前よりずっとまともに見えますが、彼の指は失われていて、それは元には戻りません。

 ちなみにアレックスが失ったのは、ミシェルが指輪をはめていた指であり、それは彼が同じ指に指輪をはめることができない、ということにもなります。

 

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