【オスタルギー】映画『希望の灯り』──海もビーチもイタリアもシベリアもそこにはある【2018年旧東独の旅】

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「東」と「西」について、個人的に感じたこと

 映画『グッバイ、レーニン!』のレビューにも書きましたが、旧東ドイツの人たちは統一されたあと皆が期待していた通りに裕福になったわけはなく、逆に職を失ったり西側との格差や西側からの文化流入によって自分たちの大切なアイデンティティをも失われてしまったと感じる人が少なくないようです。

 

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 ドイツに行ったこともない自分には(というか旧西側の大都市に何度か旅行で行ったことがあるとか、少し住んだことがあるという程度の人でもきっと似たような認識になるんじゃないかとは思いますが)こういった部分はなかなか知ることが出来ないものです。

 

 私たちがメディアからの情報や教育として得た知識のほとんどは

 

ドイツの東西統一はドイツだけでなく世界的視点で見ても素晴らしいことで、それまで貧しい暮らしとシュタージに怯えていた東側の人たちは統一によって解放され、西側社会の豊かさと自由を手に入れた──

 

 といったものばかりで、そんな刷り込みを今の今までずっと当たり前のように信じさせられてきました。今作『希望の灯り』と『グッバイ、レーニン!』の2作は、そういった理想と現実のギャップを身をもって経験してきた旧東ドイツの人たちによる、かつて自分たちが持っていた様々なものや価値観、アイデンティティなどへの郷愁(=「オスタルギー」)がテーマとなっている代表的な作品といわれてます。

 

 

 ここで少し個人的な話になりますが、この映画が公開されたちょうど2018年に私は旧東ドイツのとある街で生まれ育った方とネットで知り合い、現在に至るまでペンパルとして交流を続けています。彼女は本業と別に実業家としての顔も持っており、そちらのほうでかなり成功しているらしく、日本人の私には考えられない頻度で長期休暇を取っては様々な場所へ出かけていたりします。

 彼女の話だけ聞かされていると今作の世界観とのズレをかなり感じてしまいますが、それでも注意深く見聞きしていると私がこれまでにドイツ(およびドイツ人)」に対して抱いていた印象との微妙な違いを感じることができ、その「微妙な違い」が東側のドイツ人だからこその発言・感覚から出てくるものだということが少しだけですが理解できるようになりました。

 さらに昨年の夏からはポーランド人の女性とも同様の交流を始めていて、それぞれにはお互いのことは何も伝えていませんが、いわゆる「かつての東側、共産圏」だった人たちの生活や意識などを個人的に少しでも知ることが出来るように、汲み取ることが出来たらいいなという裏テーマも密かに持ちつつ、今もやり取りを続けています。これは第二次ベビーブーム世代の私と同世代らしい彼女たちとの間だからこそ得られる利点だと思っています。

 

 

 旧東ドイツの「大都市ではないけどいろいろ一通り揃っている中規模都市」に住むドイツのペンパルと、首都ワルシャワで生まれ育ったポーランドのペンパルとでは住環境の違いがそもそも大きいのですが、それ以上に日常の中で享受できる「豊かさの基準」みたいなものが、両国の間にはこちらが想像していた以上に開きがあるように感じられます。

 ポーランドの方も多国籍企業で働くバリバリのキャリアウーマンといった感じなのですが、両者の日常生活やバケーションの規模の差には少なくないものを感じます。ポーランドはEU加盟後、大きな経済成長を遂げたような印象を私は持っていましたが、実際の個々人の生活の豊かさは他のEUの大国と比べるとまだまだ開きがあるようです。

 自分の場合、例えば映画『ふたりのベロニカ』とか『トリコロール 白の愛』などの共産主義国家時代のポーランドを描いた映画や、若い頃に読んだ様々な旅行記や小説などからの印象・刷り込みが大きい世代なので、どうしても今のポーランドが劇的な成長を遂げているように捉えてしまうみたいです。

 

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 またこれは性格面での違いもあるのでしょうが、ドイツのペンパルが統一前のことについてはほとんど語らないのに対し、ポーランドのペンパルは「かつて共産主義国家だった頃は~~」という話を事あるごとにする、という点もいろいろと考えさせられます。

 ドイツとポーランドという国同士についても、旧東ドイツと旧西ドイツという分断されていた国同士についても、それぞれの歴史を考えると簡単に意見したり知ったふうな口をきくことは出来ません。ですが個人的に知り合った方々との縁と、今作をはじめとした映画などから少しでもリアルな知識や情報を得られたらいいなと思っています。

 

 

ブルーノとマリオンの生活、そして「外の世界」

 話を映画に戻すと、刑務所上がりのクリスティアンはともかく、実は独り身だったブルーノや夫のDVに苦しむマリオンもそれぞれ自分の家を持っています。

 マリオンの夫はいい車に乗っていて、身なりもある程度成功している層の人であるように見えます。家自体も立地自体は殺風景な場所ではありますが大きな家で、室内の様子からも金銭的には比較的恵まれているであろうことが感じ取れます。(ただし室内は散らかっている:→ドイツ人は自宅を奇麗に保つことにものすごく力を注いでいるというのは有名らしく、私も幾つかの書籍で読みましたしペンパルの話や彼女の自宅の写真などからもそれは本当のことだとわかります。)

 金銭的には問題なさそうなマリオンの家庭は夫との不仲、夫のDVという大きな問題を抱えています。しかしマリオンひとりでは生活していくことが出来ないからなのか、離婚するという選択はなさそうです。もしかしたら彼女が夜のシフト勤務が多かったのは夫と一緒にいる時間を少なくしたかったのかもしれません。

 一方、ブルーノは乗っている車も古い大衆車で、自宅も古くタイルは黄ばんでおり居間のテレビはブラウン管です。キッチンも夫婦で暮らしているとは思えないような汚れ方をしており、食器や酒瓶が散らかっています。

 

 

 終盤でブルーノが実は独り身であることが分かりましたが、結局のところ結婚していて金銭的には困っていないマリオンにとっても独り身で寂しい生活を送っているブルーノにとっても、家は必ずしも彼らにとって幸せな場所ではなく、たとえ不満はいろいろあったとしてもあの職場は居心地のよい場所だったのかもしれません。

 そのブルーノが元々独身だったのか、それとも奥さんがいたのか、ということについて推察してみます。

 まず2階の寝室にシングルのマットレスを2つ繋げたベッドがあるのですが、シーツや毛布などはありませんでした。ここから

 

かつては誰かがいたが、今はいない

 

 ということが考えられます。またクリスティアンと一緒に休憩していたときにかつて自分たちがトラック運転手として働いていたことを話したとき、家はどこかと聞かれたブルーノが

 

農場の一角で鶏や犬がいて、女房が世話してた

 

 と「過去形で」言ったあとに

 

今もやってる

 

 と言い直していたことからも、かつては結婚していて奥さんがいたが、今は独りで暮らしている──ということなのではないかと思っています。(公式の資料などを見ていないので個人の推測です。間違っていたらすみません)

 ただしルディたちが話していた内容からすると実は未婚だった、とも取れるので何とも…といった感じです。統一前のそこそこ若かった頃からの長い付き合いであれば、もしブルーノに奥さんがいたのであれば名前くらいは知っているはずですし、このときの会話で奥さんの名前や何かしらの情報(見た目だったり、どこで何をしている人だとか、など)が出てもおかしくないと思うのですが、そういうセリフもありませんでした。

 そしてこのシーンの直後にはフォークリフトに乗ったままじっと考え込んでいるブルーノの姿が映し出されます。最初に見たときは全然気づきませんでしたが、改めて映画を見直してみるとブルーノが以前からずっと思い詰めていたのだろうということが読み取れます。

 

 

 休憩室の壁に描かれたリゾートの絵といい、クリスティアンとマリオンが一緒に作業した冷凍庫(マリオン曰く“シベリア”)といい、フォークリフトの音を「波の音みたいだ」という場面といい、彼らはあのスーパーマーケットの空間の中にいくつもの外国・リゾート地を“作り出して”います。

 彼らにはそういった外国やリゾート地といった外の世界を実際に体験し楽しむ余裕はないのかもしれませんが、考え方・見方を変えれば「それらは皆、そこにある」と言うこともできます。見方を変えれば“イタリア”(=種類豊富なパスタ)だって存在するし、“海”(=魚がいる生け簀をブルーノたちは「海」と呼んでいる)だってそこにはあるのです。

 

 

 

※ドイツには一応海もありますが、北部の一部に限られています。人気のリゾート地で私のペンパルもよく行っているようですが、そこは年中風が強く、ビーチを訪れる人は独特な形の屋根付きソファーというかベンチのようなものに座ってただのんびりするという過ごし方をしているようです。それもあってドイツ人はスペインや南フランスなどの好きなだけ日光浴ができるビーチリゾートで休暇を過ごす人が多いのかもしれません。

 

 逆に、マリオンの自宅にあったジグソーパズルの図柄は夕陽が奇麗な南国のビーチですが、半分くらいしか作れていませんでした。

 

 

 フォークリフトの音を聞いたクリスティアンは言います。

 

「なぜ気づかなかったのだろう」と。

 

 私も気づきませんでした。

 最初にクリスティアンがマリオンの姿を見たとき、ふたりが最初に休憩室で話したとき、そしてクリスマスパーティの後にちょっとした口論があってマリオンが仕事に来なくなったとき(クリスティアンのナレーションが入る場面)で、後ろに波の音が流れていたことに。

 

 

 あとクリスマスのパーティでふたりが話しているとき、周りの人たちの声が消えて外を走る車の音だけが後ろに聞こえていましたが、この車の走行音が少し波音のようにも感じられました。単なる偶然かもしれませんが。

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