映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』──最後に語られる「この世の真実」【そっち系の余談あり】

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切ないエンディング

 登場人物に無駄なキャラがおらず、それぞれの伏線もちゃんと回収されていて良くできてるなという印象の今作ですが、事件を解決したあとオッドが救世主扱いされているところの描写やその後のイチャつき具合などに対して

 

「出た出た! 事件が解決した後のあまりに都合良すぎなアメリカンスタイルw」

 

 といった感じで苦笑いして見ていたら……まさかあんな結末になっていたとは。。

 

 あの結末を知ったうえで、今一度オッドが病院で目覚めてからのシーンを見ていくと色々と気付くことがあります。

 

 署長の妻・カーラが「意識が戻ったわ」と言いながらヴァイオラとともにオッドのもとへやってきて彼の胸に顔を埋めるのですが、このときカーラもヴァイオラもストーミーと一切目を合わせません。またストーミーもカーラに触れないように身を外しています。

 そしてカーラの肩を抱いたオッドの表情。生身の人間であるカーラをハグした感触と、直前にハグしたストーミーの感触とが違うことに気付き、呆然としています。

 その後、看護師に車いすを押してもらいながら病室の窓から外にいる群衆の姿を見る場面でも、自分に手を添えて横を歩くストーミーを見るオッドの表情に、今横にいるストーミーが生者ではないことを知っていて落胆や絶望を感じていつつも、まだ受け入れられていない──という複雑な心情が表れています。
 引き続きオッドが事件の顛末を語っている場面で、オッドが夢にうなされて目覚める場面。ストーミーがぴったりと寄り添って寝ているが、目覚めたオッドは彼女を見ても安心する様子がありません
 ヒーローとして喝采を浴びるオッドが署長夫婦と一緒にリムジンから降りるところでも、3人ともストーミーが存在していないように振る舞っています。また群衆が持っているプラカードには「結婚して!」という文字も見られます。(ストーミーが生きてそこに居たらこのようなプラカードが掲げられることはないはず)
 署長が用意した部屋に入ってから、オッドがストーミーに話しかけるのを聞いた署長が「しょうがねえなぁ…」という感じで軽く首を振りながら部屋を出ていきます。またこのとき、カーラはこわばった表情をしていました。
 テーブルの上のワイングラスは、ひとつが飲み干して空になっていますがもうひとつは手をつけていないように見えます

 そしてシリアルとオレンジジュースで朝食をとっている場面でも、ストーミーのコップとボウルには最初から何も入っていないようでした。(食べ終わって空になっていたらジュースやミルクの跡が残るはず)

 さらに、これは気のせいかもしれませんが朝食のシーンの前に2度、ふたりがキスする場面がありますが、お互いの唇が少しずれているようにも見えました。

 

 ちなみに銃撃後の店でストーミーの姿を見たときから彼女が死んでしまったことは分かっていた──というオッドの台詞にもあるように、あの場面でもストーミーが亡くなってしまったことは暗に描写されていました。

 このとき、殺されたリゼットがオッドを呼びにきて必死に「オッド!」と叫ぶも、声は出ていませんでした。そしてそのすぐ後にストーミーが黙って首を振るシーンが続き「(行っては)だめ」とでも言いたげに彼女の口がわずかに動きますが、やはり声は発せられません。

 「喋っているのに声が出ていない」という分かりやすい描写ではないところが、その時点では気付かないけれども後から見ると辻褄が合っているという、よくできた演出ですね。

 まぁこういった「実はあのときすでに…」系の作品ではこの辺はどれも抜かりのない演出がなされているようですけど。

 

 といった感じで、これらの場面全てで「実はストーミーは亡くなっていた」ことが後から確認するとしっかり描写されていたわけですが、ひとつだけ疑問点がありました。

 ボブの幽霊が怒って殴り掛かったときにボブの腕はオッドの身体をすり抜け、オッドも「死者は生きている人間に肉体的な危害は加えられない」といったことを言っていました。

 

 ではストーミーの霊と過ごした時間はどういうことだったのでしょうか。

 

 彼女が持っているスプーンでアイスを食べるシーンや、抱き寄せてキスする場面なんかもありましたが……

 事実を認めたくなくて、彼女には触れられないのに触れているものと思って接していたのだとしたら……切ないですね…

© 2013 – Fusion Films
どうみても実在しているように思えるが……

 

 映画のラストでオッドは「あちらの世界で彼女と再会するために、寿命が来るまでこっちで頑張って生きる」ことを誓いますが、この考え方は個人的にすごく解るし賛同できます。

 

 人の生き方はそれぞれだし、パートナーと死別したあとに別の誰かを愛することを否定する気は全くありませんが、もし自分が同じ立場だったらきっと同じ道を選びたいと思うでしょう。

 

 「今世で愛する人とともに生きる」ことは諦めて「亡くなった最愛の人だけを愛したまま人生を全うし、あの世で再会する」ことを選んで生きたほうが、おそらくはずっと楽なのではないでしょうか。

 もしいつの日か他の誰かを好きになってしまったら(それが罪なことではないだけに)すごく辛くなってしまうだろうから、自分だったら下手にそういう対象になりそうな人とは出会わずに暮らしていきたいです。

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