【レオス・カラックス】映画『ポーラX』──公開から20年。②原作・関連書籍も絡めて振り返る【本棚通信⑧】

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カテリーナ・ゴルベワのインタビューでの発言

 主演の二人のインタビューを読むと、ピエール役のギョーム・ドパルデューとカテリーナ・ゴルベワとではインタビューに対する答え方・向き合い方に大きな違いがみられます。

 一人の役者として、あくまでも役としてピエールという男を演じ、俳優ギョーム・ドパルデューという自分自身とは距離を保って見ている印象のギョームに対し、カテリーナ・ゴルベワはイザベルという、とても重いものを背負って生きてきた強くて儚げな「傷付き、追いつめられた獣」という役を覚悟を持って受け入れ、原作でも映画でも「ピエールの姉としての存在」が曖昧なイザベルという女性の全てを信じ、彼女そのものとなって演じていたことが感じられました。そのため、インタビューへの回答もどれも非常に真面目なものとなっているのが印象的です。

 例えば、『STUDIO VOICE』1999年11月号のインタビューで、イザベルという人物について次のように答えています。

 

──ちょっと質問が変わるんですけど、あなたは映画の中でイザベルを演じていますが、イザベルは自分の言っていることを信じていると思いますか?

もちろん信じていると思います。そうじゃなかったらイザベルはそういったことを言わなかったと思います。イザベルは話さずにはいられないから話していると思うのです。

──イザベルという人はすごく不安げに見えるんですね。自分の信じていることをしているにもかかわらずすごく不安げなんですね。

メルヴィルの原作でも真実かどうかということは最後までわからない。それからレオスもこれが本当なのかどうなのか自信がない。私たちはこれが真実であるという前提で演技をしながら映画でも最後まで真実かどうかわからないという感じで演技をしました。基本的に「こうだからこう」というふうに構築していけば、それは真実となりうるし説得力もありますが、まったく理論的でない場合はいくら「私は正しいんだ。信じていくれ」と言ってもかえって強く不信感を抱かれるということがあります。だからそのような疑問がわいてくるんだと思います。

 また、続けてこのようなことも語っています。ちなみにこれと同様の発言は『Cut』1999年10月号のインタビューでもしています。

 

──イザベルの言っていることをピエールが100%信じていればピエールのほうにも不安はなく、それが真実じゃないと思うが故に彼はセックスするんじゃないでしょうか。

映画の中でのセックスが近親相姦だとは私は思っていません。ピエールが大変苦しんでいて、助けてあげなければいけないという時に、女性の本能として最後のものをピエールに捧げなければいけないと思って彼女はセックスをしたんだと思います。もしイザベルがお城を持っていたり、お金をたくさん持っていたりしたら、ピエールにそれを与えたでしょう。イザベルというのは元々家もなくて難民で、非常に物質的に恵まれていないものですから、物質的に満たされているということが理解できないんです。そしてピエールが物質的なものをすべて失ったがために苦しんでいる状態がよく理解できないんです。その苦しみを精神的なことで補おうという衝動によって彼に自分を与えたと思っています。イザベルは心で生きている人間でモラルは彼女とは違う次元にあるんです。

 

 カテリーナさんは1回目の自殺のシーン(川へ飛び込むシーン)のあと、ひどい鬱状態に陥ってしまい、翌朝には髪が真っ白になってしまったそうです。

 

──一回目の自殺のシーンのあとで落ちこんで、翌朝には髪が真っ白になってしまったというのは本当なんですか。

「ええ、本当よ。でも、精神的苦痛を感じていたというわけではなかったわ。精神的衝撃のようなものは感じてなかったの。ただ、心臓だけが恐ろしく痛かった……手を上にあげることすらできなくって……。それでクレール(※)の主治医に看てもらったんだけど、医者は、これはまったく正常なことだ。あなたの心臓には何の異常もない、と言ったわ。あのシーンから戻ってきた反動に過ぎない、ってね」

(『Cut』1999年10月号より)

※カテリーナ・ゴルベワが出演した『パリ、18区、夜。』の監督であるクレール・ドゥニ(女性)

 

 さらにパンフレットに掲載されているインタビューではこうも言っています。

 

──あの自殺をどう考えますか? イザベルは真実を恐れたのか、ピエールを失うことを恐れたのか?

彼女が真実を言ったかどうかは重要じゃありません。ピエールは彼女の弟ではないのかもしれない。でも彼を見たとき、弟だと思ったのです。大事なのは彼女が感じたことであり実際にあったこと、彼女が一人の男を本当に愛し、それがピエールだったということなのです。それが彼女の人生だった。最初に自殺しようとしたのは、自分のせいでピエールが溺れそうになっていると気づいたからです。彼女が幸せを感じ始めた瞬間に、あらゆるカタストロフ、あらゆる戦争が彼女の回りでまた勃発する。それは自分のせいだと彼女は考える。ピエールこそ彼女の人生の意味だった。その彼を溺死させそうだとしたら、もはや生きていることができない。悪事を働いても何の罪意識もない人たちもいれば、自分では何も悪事をしていないのに悪事を働く人に罪意識を感じる人たちもいるのです。

 

 この発言と絡めてまた『STUDIO VOICE』1999年11月号のインタビューから引用すると、彼女はこのようなことも言っていたりします。

 

(略)例えば子猫には大変同情はするんだけれども、ボロを着た子供が街で放たらかしになっていてもまったく関心を示さない、そういう現状に私は共感できません。私が映画の勉強をしている時に多くの人々が社会現象に対してそのように反応するということに疑問を抱いていました。それで私は二種類の人を知っていましたし、見てもいました。つまり感情に訴えて喚く人、そうするとどこからか助けがくる。そしてもう一方では自分の運命を受け入れて泣きわめくことなく死を受け入れてゆく人達。私は黙って死を迎えた人に大変共感を覚えます。

 

 こういうのを読むとカテリーナさんのイザベル役は、なるべくしてなったという感じがしますね。それにしても最後の部分はカテリーナさんがもうこの世にいないこと、そしてその死因がオフィシャルには明らかにされていないことを考えるとなんだか切なくなります。

森の中での独白シーンについて

 小説『ピエール』での、イザベルとピエールが最初に遭遇する夜→その後ピエールに届けられたイザベルからの手紙→そしてついに二人が対面し、謎の女イザベル・バンフォードの数十ページの長きにわたる独白──までの流れは、この小説のなかで最も高揚感を味わうことができるパートです。

 小説全体では序盤から中盤に差し掛かるあたりなのですが、ここが物語のクライマックスと言ってもいいでしょう。

 映画『ポーラX』で最も気持ちが高ぶる場面はといえば、やはりあの森の中でのイザベルの独白シーンです。拙いフランス語で絞り出すように語る彼女の悲しい生い立ちと、ようやく最後に二人が向き合ったときのイザベルの言葉は、原作同様、深く心に訴えてくるものがあります。

 そんな最重要シーンとも言うべき森の中での独白ですが、この場面について同『STUDIO VOICE』1999年11月号の、映画では助監督としてクレジットされているエリー・ポワカール(誌面での肩書きは「伴奏者、もしくは共犯者」、カラックスの長年の友人)のインタビューのなかで興味深い内容が語られていました。

 

──森の中でのイザベルの長いモノローグについてはどうだったんですか? 映画でも小説でも特徴的なシークエンスですが。

ああ、あれね。もうその長さは、長大でしたね。最終的にシナリオが出来上がった後、ゴルベワ用にロシア語に訳したんですよ。彼女自身がそれを読みながら、彼女なりにフランス語に訳していったのです。アクセントも含め、くだけだ言葉で。それを録音したら25分になっちゃったんですよ。僕がそれを書き写したんだけど、終わったら25分。驚きましたね。見積もっていたのは9~10分くらいでしたから。そのシーンの撮影自体の長さは、しめて13~15分でしたね。フィルムの一巻きが10分ですから、途中一度止めざるを得ないし。それを最終的に編集で8分にしました。削ったところもありますし、彼女自身がイントネーションを摑んだり、言葉を見つけたりしたことで、短く、わかりやすくなってもいった。そのテキストを元に、僕が修正を加えて書き換えていったのです。

──…ということは、アクセントだけではなく、彼女自身の解釈も入ってくる訳ですね。

ええ。イザベルは東欧から来たという設定でしたし、彼女が彼女の知っている言葉で、懸命に人生を語ろうとしているというシーンでしたから。彼女のテキストというのは、彼女自身の言葉、表現で書かれたものです。テキストの神髄は同じだと思います。

 

私の人生……知ってほしい。

 

どうやって始まったか。何も覚えていない。

 

父はいたか? 母は? いいえ。

 

いつも一人、たった一人……。

 

 このようにして始まるイザベルの言葉が、ロシア人であるカテリーナ・ゴルベワさんのアイデンティティも活かされていて、またこの役を表現するために「イザベルという女性」を彼女自身の中に取り込み、そこから出てきた「彼女自身のフィルターを通した言葉」であった、というのはとても興味深いものがあります。こういう話が読めるのが特集号のよいところですね。

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