検証ポイント①
2箇所ほど「…ん?」と、流れが分からなくなる場面が出てくるので、それについて個人的な解釈で検証してみたいと思います。
『花様年華』に関してはパンフレットや監督のインタビューが載っている冊子なども持っていないため、公式な情報をほとんど何も知りません。ですのでこれはあくまで「個人的解釈」ということで。
まず第一に、最初にチャン夫人とチャウが、お互いの伴侶の浮気について話し合うレストランのシーン…の手前、チャン夫人がチャウの部屋へ行き、不倫妻と会話する場面です。
このときチャン夫人は夫の浮気を確信することになったのですが、画面に出てくる人物や場所がはっきりしないため、ここは確認が必要なところです。
チャン夫人、夫に職場から電話をかける
「カギを忘れずに 今夜は皆、外食よ」
「私は仕事があって遅くなるわ」
この2夫婦が住むアパート?は貸主が住む部屋の中に自分たちが借りている部屋がある、という形態です。
そのため、後にチャウの部屋にいたチャン夫人が(貸主のクウさんたちが早く帰ってきたことで部屋から出られなくなり)自分の部屋に帰れなくなる、という場面が出てくるわけです。
そして、そういう住居形態のため、普段は貸主が家にいるため鍵を持って出なくても部屋に戻れるが、貸主が外出して留守のときは当然施錠してあるため、鍵を持っていないと自宅に入れなくなる。
つまりチャン夫人は夫に「今夜は誰もいないわよ」と告げたわけです。
その日(おそらくは遅くならずに帰宅した)チャン夫人は、誰もいないはずのクウさん宅から話し声が聞こえたという理由でクウさん宅を訪ねます。
夫人、チャウの部屋を訪ねる
クウさん宅のランプシェードが映る
(スエンさん宅のランプシェードは違う柄)
チャウの妻が出る
チャン夫人「声がしたのでクウさん夫妻かと」
チャウの妻「外出中よ 何か伝えることは?」
チャン夫人「今 独り?」
チャウの妻「そうよ」
(うつむき、何かを感じているような表情)
その後「薬はいるか」といった会話をしたのち、ぶっきらぼうにドアを閉められる。
しばしの間ドアの前に佇む。(何かを察したような表情)
「奥さんよ」
(画面はチャウの部屋、というかクウさん宅のランプシェードが映る)
「話してないの?」
(画面はチャウの妻の職場を映す)
「話さないとダメ」
女がバスルームで泣いている
(ちらっと映る部屋はチャウの部屋ではない。ホテルの部屋のようである。そして女の髪の長さと髪型、泣き声から、ここで泣いていたのはチャン夫人ではないと思われる=この女はチャウの妻)
左手でドアをノックする男の手のアップ
(結婚指輪と腕時計が見える。チャウは右手に腕時計をはめている=この男はチャン氏)
(ノックしているのはホテルの部屋のドアと思われる。部屋番号は分からないが、4ケタではない=2046のあの部屋ではない)
このノックする男の場面のように、時系列的に離れていると思われるカットが差し込まれるため、少し混乱してしまうのですが私の個人的な解釈では、この「ノックする男の手」の場面は、一見するとチャン夫人が「出張先で浮気相手を訪ねる夫を想像」して泣いているように見えるのですが、そうではなくて、自分の不倫相手であるチャン氏が、その妻に自分たちの関係のことをまだ話しておらず、ズルズルと不倫関係を続けていることを嘆いて、不倫している女(=チャウの妻)が泣いているのだと思いました。そしてそれに気付かずにいつものように部屋のドアをノックする男……という描写なのではないかと。
この一連の場面、全く混乱もしてないし「ん?」と思うこともなかったけど何言ってんの? という方もいるかもしれませんが、自分は気になってしまったので何度も何度も見直しました。まぁそれでも間違っているかもしれませんので、もし違っていましたらボンクラだと思ってどうぞお見逃しください(笑)。
検証ポイント②
続いて気になった箇所は、63年・シンガポールでの場面です。
チャン夫人がシンガポールのチャウの部屋を訪れる一連のシーンですが、ここでも時系列が前後していることで、結局ここで二人は逢うことができたのか、それとも最初に見た印象通り、すれ違いで終わってしまったのかが曖昧になっています。
また、間に挟み込まれている「秘密を封じ込める」ことについて話している描写が、「何時」のことなのかによって、解釈が少し違ってくるように思われます。
シンガポールのチャウの部屋。何かを必死に探すチャウ
(Yシャツは薄い水色に見える/ネクタイはシンプルなワントーン?)
ピンとの食事のシーン
(チャウの着ているYシャツは白/ネクタイは白のラインや柄が入ったもの)
階段の手すりにかかる女の手
(右手中指の指輪でチャン夫人とわかる)
チャウの部屋にいるチャン夫人。クリーム?や煙草の匂いを嗅ぐ夫人。
煙草に火をつける。
椅子に腰を下ろす。
電話が鳴る音
シンガポール日報のチャウのもとへチャン夫人が電話をかける
(チャウのYシャツは薄い水色に見えるが…/ネクタイは部屋で何かを探していたときのもの)
チャウ、電話に出る。
チャン夫人、無言。受話器を肩口まで下ろす。
その後、何か言おうとして受話器を口元へ
チャン夫人、電話を切る。
チャン夫人、スリッパに手をのばす。
(このスリッパは以前にチャウの部屋から出られなくなったときに部屋で履いていたものである。ただし元々自分のものだったのか、チャウの家のものだったのかは不明)
【分かっていること】
シャツの色が微妙に判別できないので何とも言えないが、少なくともネクタイの違いで、食事している日とチャン夫人が訪ねてきた日は別だと分かる。
チャン夫人の行動と、チャウがベッドの下を覗き込んでいたことからも、部屋からなくなったのはスリッパであることが分かる。
【推測】
チャウが部屋に誰か来たかと(おそらく管理人に)問いつめたあとに、口紅のついた煙草の吸い殻を見つける流れから、チャン夫人はやはり何も語らずに電話を切り、去っていったものと思われる。
つまり、二人はここで逢うことはできなかった。というか、どちらかがもう一歩踏み出せば逢えたのにそうしなかった、ということになります。
チャウはこの時点で結婚指輪をしていないので、すでに離婚しているのかもしれませんが、チャン夫人はまだ人妻です。そしてお互い惹かれ合っているものの、分別のある大人だからこそ、最後の壁を越えられず、「切符が取れたら」といった言い訳とか逃げ道を作ってしまう。
シンガポールでの電話の場面でも、もし本当にその気があったのなら、チャウは仕事場から部屋に駆け込むことだって出来ただろうし、チャン夫人も何か一言でも話していれば逢うことはできたはず。
なのにお互いそうはしなかった、というもどかしさが大人の世界なのでしょうね。若者の物語であった『欲望の翼』のように、どれだけ自分がみっともなくなろうとも相手の元へ行き、全力で自分の感情をぶつけたり…といったことが出来ない二人の大人の物語。
こういった、若者のように後先考えずに突っ走ることができない大人の恋愛模様を非常にうまく描いている作品として思い浮かぶのは、監督:リチャード・リンクレイター、主演:イーサン・ホーク&ジュリー・デルピーのいわゆる『ビフォア3部作』の真ん中、『ビフォア・サンセット』です。
この作品も、若い頃には気持ちのままに行動できたけど、“大人”になった今は、「予定が──」「時間が──」「家庭が──」といったことを言い訳・逃げ道にして自分にストップをかけてしまっている二人の話でした。(ただこちらは最後にそれをぶち破るのが最高なのですが)
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