三崎町三丁目通信

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映画『シング・ストリート 未来へのうた』【ジョン・カーニー監督:音楽3部作③】──“すべての兄弟たちに捧ぐ”

投稿日:2018年3月18日

 

 『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』のジョン・カーニー監督による音楽3部作(勝手に命名)の第3作は、80年代中期のダブリンを舞台とした、音楽少年の成長と青春を描いた『シング・ストリート 未来へのうた』(2015年 アイルランド、イギリス、アメリカ映画/日本公開は21016年)です。

 

 前2作がとにかく名作だったので、楽しみではあったものの舞台が80年代と聞いて、今回も現代劇が見たかった自分としては正直ちょっとガッカリし、それほど期待しないで観に行ったのですが……

 

 結果、今回も名作を満喫して劇場を後にしたのでした。

 

 

親の喧嘩と別居、姉と兄の存在

 

 この作品は監督の自伝的作品のような内容とのことで、ほぼ同世代の私にとってはそもそも時代設定的にもろ被りなんですが、主人公の家庭問題についても重なる部分が多かったので、当初の予想と違ってかなり刺さる映画となりました。

 

 見ていて懐かしくなったり共感したりするのと同時に、昔の辛かったことを少し思い出しちゃったなぁ~、なんてちょっと複雑な気分にもなったりして…。

 

 あと兄弟構成も自分と同じで、姉(年の差もあり、あまり話さない)と、やや年の離れた兄がいて、この兄から音楽の影響を受けるところもかなり近いものがありました。

 

 この映画のもうひとりの主役は間違いなく主人公コナーの兄、ブレンダンです 。訳あって引きこもりになり、若い頃のデヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)風のロン毛で、音楽に詳しい兄ブレンダンが放つ金言の数々は、妙に的を射ていて面白く、そして厳しいけれどとっても優しい。まぁ、ウチの場合はこんなじゃありませんでしたけど(笑)。

 

 

 前作『はじまりのうた』のレビューにも書きましたが、監督の兄・ジムは『はじまりのうた』の完成前に亡くなってしまったそうで、マーク・ラファロ扮するダンのキャラクターにも反映させているとのこと。監督の右腕には兄の名前のタトゥーが入っているそうですが、今作での兄ブレンダンの描かれ方からして、監督にとって兄の存在がどれほどのものだったのかが想像できます。

 

 

 

兄からの金言の数々

 

 少し年の離れた兄弟で、兄が真面目系ではない場合だと、思春期の弟にとっての兄とは何でも知ってて頼れる存在です。兄貴の聴いてる音楽は学校の友達より先を行っててしかも詳しいし、友達や女の子とのつきあい方なんかのアドバイスも妙に説得力があるように感じたものです。

 

 この映画でも兄ブレンダンのアドバイスはことごとく的確で、また勧める音楽も弟はすぐに影響されていきます。曲作りに影響されるだけでなく、見た目もその都度変わっていき、それが徐々にバンドのメンバーにも伝染していって最後のほうはみんなコスプレ状態での登校となっていました(笑)。個人的にはキュアーを聴いた後のファッション・髪型がお気に入りです。

 

 ブレンダンは自身の現状は省みることなく、弟にあれこれ注文をつけてくるので一歩間違うと「お前が言うな」といった扱いになりかねないところですが(笑)、いちいち的を射たアドバイスは見ているこちらも笑いながら頷きたくなるものばかりでした。

 

 

(他人の曲で口説くなというブレンダンの意見に「でもヘタなんだ」と返すコナーに対し)

 

「セックス・ピストルズが上手か? お前はスティーリー・ダンか」

 

「上手にやろうと思うな。それがロックだ」

 

最高です。全くもってその通り!

 

 

(『The Riddle of The Model』のビデオを見て)

 

「彼女はイケる。全作品に出せ。世界レベルだ」

 

「彼女抜きじゃ奇人の集団だ」

 

奇人の集団w たしかにww

 

でも中学生が始めた素人バンドのMVについて真面目にアドバイスしてくれるブレンダンはやっぱり優しい。

 

 

(ラフィーナの彼が車で流していた曲がジェネシスだったと知り)

 

「敵じゃないな」

 

「フィル・コリンズを聴く男に女はホレない」

 

これもいい言葉ですw ただしフィル・コリンズの娘があんな美人だったりするので、もしこれが現在の物語だったらただの負け惜しみになってしまうかもw

 

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兄の内面

 

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 そんなコナーの師匠的存在であったブレンダンが、はじめて自身の苦悩や抑えてきた感情を表に出す場面が出てきます。

 

 「人生を立て直すためにハッパをやめてるんだ」というブレンダンに対する「今さら?」というコナーの台詞に、ずっと引きこもりで人生諦めてるような様子の兄を、コナーも「もはやそういう人」として見ていたことが分かります。

 

 そのコナーの一言で、これまで抑えていた感情をついに爆発させるブレンダン。このシーンはかなりグサッときました…。兄や姉の立場でこのブレンダンの気持ちがよく分かる、という方もいるでしょうし、自分のように弟(そして末っ子)や妹の立場・コナー目線でこれを受け止める方も心が痛むところです。

 

 

今はこんなでも昔はまともで、輝いていた時代があった──

ギターもずっとうまく弾けて、いい女と寝て、200M走では全校一。

 

「末っ子のお前は、“イカれた家族”って密林を、俺が切り開いた後を歩いた」

(親たちは)20台後半から異常な状態で、愛なんてなかった。その間で俺は6年間、1人──

そしてその後に生まれたお前が辿ってきた──

 

俺が切り開いた密林の道を、俺の気流に乗って

「なのに俺は笑い者の落ちこぼれで、お前は褒められる」

「だが、かつては俺がジェット気流だった」

 

 

 コナーはここで初めて、この家の中で子供が経験するつらいことの多くを兄が受け止めてきたことで、(両親の問題が表面化した今回まで)自分はそれを経験せずに生きてこられたということを知ったのでしょう。

 

 コナーも泣いていましたが、見ている自分もいろいろ思い出すものがありました。ただし、弟というものも実はどこかでそれに気付いたりするものだったりするんですけどね。その気付いたときの心の痛みをここでまた追体験するという……もちろん一番下の立場だから経験するつらいこともあったりしますのでケースバイケースなのでしょうけど。

 

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  • この記事を書いた人

三崎町三丁目通信主筆・K

三崎町三丁目通信の主筆(個人運営ですが)をしておりますKです。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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