三崎町三丁目通信

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映画『シェイプ・オブ・ウォーター』(ややネタバレ)

投稿日:2018年3月26日

 

 

水はその器に合わせて形を変える

はじめから決まった形なんて存在しない

愛もまた同じ──

 

 第90回アカデミー賞で作品賞を受賞したギレルモ・デル・トロ監督の最新作『シェイプ・オブ・ウォーター』、ようやく観てきました。同監督の2006年(日本公開は2007年)の作品『パンズ・ラビリンス』では、主人公オフェリアと妖精の物語が現実なのか幻想なのか、はっきりとは示していませんでしたが、今作では(作中では)現実のこととして描かれています。見終わると、この「現実として描いた」ことが自分にとっては『パンズ・ラビリンス』に対しての感想も変える大きな要素となったのでした。

 

映画というファンタジーを存分に堪能

 

 個人的にここのところよく見るようになったアメコミ系の映画などは特に顕著ですが、主に自国の社会問題や、政治的な主張・主義なんかを登場人物に背負わせている感が強く、そういうったものを見せられるのに少々疲れてきていました(もちろんそれも映画のひとつの側面ですし、否定する気は全くないのですが)。

 しかし今作はそういった昨今の映画とは違って、純粋に「おとぎ話」を見せてもらったような感じで、久しぶりに映画というファンタジーを堪能させてもらいました。

 というか最初っから、押さえつける側に対してNoと言う「声を持っていない」側の物語なので、キャラクターの鋳型にわざわざ別の主義・思想をはめ込む必要がないのでしょう。

 『パンズ・ラビリンス』もフランコ政権下での暗黒時代、つらい現実の中で生きながら戦うことも逃げることもできない、そして声をあげることもできない女の子の物語でした。その頃から監督の視点や立ち位置は変わっていないようです。

 ストーリーには直接関わってこないダイナーでの同性愛差別黒人差別の描写や、怖~いストリックランドが妻やイライザに対して行う性暴力的な発言・行為など、見ていて気分が悪くなる場面がときどき出てきますが、そういったことが当たり前のように行われている世界で、「押さえつけられる側」である弱い立場・マイノリティの人たちが、正しいことのために立ち向かうのは「同じ側にいない者・その事実を知らない/見ようとしない者」が想像するよりもはるかに勇気のいることなのだろうと思います。

 だからこそ心を打たれるわけですが、その対極として存在する「屈した側」の情けなさも描かれていて、自分はこうならないようにしなければ…と肝に銘じさせられたりもしました。イライザの同僚ゼルダのダメ亭主がそれで、自分より弱い立場の妻には偉そうに振る舞うくせに、強い立場の男が現れると自分が問いつめられているわけでもないのにすぐに口を割るというビビり具合。本人は言い訳していましたが、あれは「妻を守るため」からくる行動ではないでしょう。

 ところで、そのストリックランドがキャンディ(でしたっけ?)をゴリゴリと噛んでいるのはストレスを感じているとき──だそうですが、あれを見ていてウルトラセブンの『第四惑星の悪夢』に出てきたロボット長官を思い出した人、結構いるのではないでしょうか。ってかギレルモ監督の映画を見に行く人たちなんだから絶対いるに決まってる(笑)。あの音は一部の人には冷酷な上官を無条件に連想させる、ちょっとしたトラウマ音かもしれませんね。

 

 

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“不思議ないきもの”の筋肉美

 

 また筋肉の話かw といった感じですが、捕らえられている“不思議ないきもの”は、エラや手足のヒレなど『大アマゾンの半魚人』を彷彿をさせますが(個人的には「オマージュ」という表現は最近ちょっとお腹いっぱいです)、そんなことより気になったのはそのフォルムというか、筋肉の美しさです。首から背中にかけての僧帽筋(またかよ)と広背筋の広がり、腿とふくらはぎの張りとのコントラストが際立つ間接部の締まり具合、そしてぷりっとしたお尻(笑)…造形として完璧じゃないですか!

 観る前までは『パンズ・ラビリンス』の“あっちの世界”のキャラクターや『パシフィック・リム』のKAIJUの造形で来られるとやっぱり「うっ」となっちゃうのかなぁと思っていたのですが、予想よりかなりソフトで全然いける姿で安心しました。

 『パンズ・ラビリンス』を見たときは「これをちょっとグロいと思ってしまう自分は子どもの心をなくした大人なんだろうなぁ……小さい頃は平気で虫を捕まえたりできたのに今じゃすっかりダメな大人になっちゃってんだろうなぁ…」なんて自分自身に嘆いてみたりもしたのですが(笑)、今回この『シェイプ~』の、ポスターにもある水中の場面やパンフの表紙を見て純粋に「おぉ、美しい…そしてなんてロマンティックなんだろうか…」と思えた自分はまだ大丈夫なのかもしれません。たぶん。

 あとパンフといえば、ちょっと面白いことが書いてありました。(というかパンフは全体的に面白い)

 

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僕は「美女と野獣」が好きじゃないんだ。「人は外見じゃない」というテーマなのに、なんでヒロインは美しい処女なんだ? なんで野獣がハンサムな王子様になるんだ?

 

 というくだり、ド正論すぎて笑えました。この様子じゃオスカー監督となってもディズニー帝国に取り込まれることはなさそうですね。まぁ分かりませんけど(笑)。

 

 

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溢れ出る“おとぎ話感”

 

 物語の舞台は1962年のアメリカということで、家具や家電、インテリアなどはいわゆるミッドセンチュリーもので占められており、車やファッションなども50~60年代頃のデザインで、2018年の今見てもとてもイケてて掃除婦の制服すらも可愛く見えてしまいます。指ちぎれ男ストリックランドの妻も二人の子持ちの主婦とは思えないような若々しい髪型をしていたりします。

 指ちぎれ男の家はまぁいいとして、イライザや隣人のジャイルズの部屋、そして通勤途中に通る道のお店など、ミッドセンチュリーという言葉だけでは語れない、あの溢れ出る“おとぎ話感”は一体なんなのでしょうか。

 “ありそうでないもの”がギュッと詰まったようなあの部屋。ただ卵をゆでてるだけなのにちょっと非現実的な空間のようなキッチン。ギレルモ監督お得意の、と言えばそれまでですが、ああいった“ちょっとだけ現実離れした空間”的な見せ方はどうやってるんだろうと考えながら序盤を見ていました。アイテムの揃え方はもちろんのこと、色彩や陰影の使い方が絶妙なのはまぁ分かるとして、一番気になったのは画面の収まり方というか、画角というか……魚眼レンズほどじゃないんですけど、ひとつの画面にいろんなものがギュッと収まっている感じが絵本的なのか、それとも子どもが見ている視界に近いとか、そんな感じなのでしょうか。

 

作品賞を受賞しましたが…

 

 本年度のアカデミー賞で作品賞にノミネートされ、発表前の時点では「賞を取っても全く不思議じゃないけど、そういう一番上の賞とか権威みたいなものから少し外れるからこの人はいいんじゃないか」などといった、オタク風情の輩がいかにも言いそうなことを私も考えていたわけですが(笑)、結局取っちゃいました。

 ってことはやっぱり面白いんだろうなぁとは予想できるものの、予告などでちらっと見える“不思議ないきもの”=“彼”の姿などから思うに「でも『パンズ・ラビリンス』みたいなキャラの映画なんでしょ? マジで?」とやや不安もあったのですが、先にも書いたように予想よりかなりソフトな造形だったことと、やはり「虫と魚では根本的に感じる印象が違う」ということが大きかったようです(笑)。

 ちなみにこの“彼”の中の人は『パンズ・ラビリンス』のパン役(おぉ…)でもあり、また『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』でシルバーサーファーを演じた人(おぉぉ…!)でもあるそうで。そういえばシルバーサーファーもいい筋肉してましたなぁ…。元々ガタイがいい人なのかどうかは分かりませんが、立ち姿がどちらもすごく格好いいですよね。

 

『パンズ・ラビリンス』の解釈を変える今作

 

 元々ああいう映画が好きだということもありますが、2005~2006年あたりからスペイン語をゆるーく勉強し始めて、スペインの内戦~フランコ独裁政権時代について、いろんな側の意見を目にすることがあったりしたことから多少の関心もあったため、個人的に『パンズ・ラビリンス』はけっこう思い入れ深く見た映画でした。

 同じような時代背景を扱った1973年の名作『ミツバチのささやき』では制作時まだフランコ政権下だったこともあって、だいぶぼかされていた(というかテーマも違うので)血生臭い部分が、『パンズ・ラビリンス』では前面に出ていました。

 厳しく非情な戦いが目の前で行われているようなところで暮らすことを余儀なくされた主人公の女の子オフェリアについて、私は「あまりにも現実が辛いため、幻想の中で別の人生を生きることで自分を保っている」という『エンジェル・ウォーズ』的設定(ここでそれかよ、って言われそうですがw)だと思って見ていました。

 なのでラストも「本当にあの世界で幸せに生きていてくれてたらいいな」という、切ない「願望」として見ていたのですが、今回の『シェイプ・オブ・ウォーター』でギレルモ監督は、幻想か現実か分からないという曖昧な世界ではなく、きっちりと現実の世界として描いてくれました

 クライマックスではオフェリアと同じことがイライザにも起こってしまいますが、それでも最後にちゃんと昇華させてくれたことで、私は『パンズ・ラビリンス』のオフェリアも“本当に”あの地底の王国で王女として幸せになったんだ──と思うことにしました。「おとぎ話」とは本来そうあるべき、ってことで。

 

耳の痛ーいあの言葉をについて

 

 さて、“彼”を助けるのを手伝ってくれるよう頼みにいったが躊躇して断るジャイルズに向かってイライザが放ったこの台詞。

 

「彼を助けないんだったら、私たちだって人間じゃないわ」

 

 なんという耳の痛い言葉でしょうか…そりゃイライザはある意味当事者だからそこまで出来るんだろうけどさぁ、なんて言い訳してしまいそうですが、いざ自分たちが何かの当事者になったとき、はたして同じように勇気を出して行動することが出来るでしょうか。。これをただの映画の中のいち台詞(つまり他人事)として聞き流して「いい映画だったね♡」で済ませてしまったら、どこからか

 

「お手軽に感動してそれで終わりにするんじゃねーぞ!!!」

 

っていうタイラー・ダーデン(『ファイト・クラブ』)の声が聞こえてくるかもしれません(笑)。

 

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  • この記事を書いた人

三崎町三丁目通信主筆・K

三崎町三丁目通信の主筆(個人運営ですが)をしておりますKです。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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