三崎町三丁目通信

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映画『若葉のころ』(ネタバレ)──30年後にようやく受け取ったものとは

投稿日:2018年6月15日

 

 台湾の青春映画にまたひとつ「これは間違いない」という名作が誕生しました。

…といっても新作として見たわけではないので、今さら「誕生しました」というのも変な話ではありますが。

 

 2002年の『藍色夏恋』や、2011年の『あの頃、君を追いかけた』あたりが好きな方でしたら、きっと大好きになるであろう作品がこちら。2015年制作(日本での公開は2016年)の『若葉のころ』

 

 原題は『五月一号』、英題は『First of May』で、ビージーズの名曲『First of May(若葉のころ)』をメインテーマに、1982年の台北を舞台に17歳の高校生男女、リン・クーミンワン・レイの瑞々しくて少し切ない恋愛を、そして現在(2013年)の二人と、ワン・レイの生き写しのような一人娘・バイの物語が同時進行で描かれ、やがてその二つの物語が交差し繋がってゆく──という作品です。

 

 劇場公開時に観られなかったので、今回もHuluにて視聴しました。当初は2週間のお試し期間だけで解約するつもりでしたが、なんだかんだで見たかった映画がいくつも出てきて結局継続してたりします(笑)。そのうちNETFLIXとうまく使い分けていこうかなと…

 

 

監督とキャストについて

 

 今作は「アジアMV(ミュージックビデオ)界の俊英」といわれるジョウ・グータイ監督による初の長編映画で、短いカットの中にも叙情性を感じるような美しい映像がちりばめられており、「なるほどそう言われてみればMVっぽいかも」と思わせる、なんとも奇麗で印象深い撮り方が特徴です。

 バイが父親と日本料理の店で食事するシーンで、二人のセリフのバックで庭園の池に水が流れ落ちるスローの固定映像であったり、バスのシーンのあと、雨が止んだ後の空や水たまりに落ちる雫、人物を撮るときの光の使い方や、回想シーンでのスローモーション、屋上から没収されたレコードをフリスビーのように次々と投げるシーン、そしてメインビジュアルにもなっている、82年のワン・レイと親友の“お菓子”ちゃんが風にたなびくスカートを押さえる場面やエンドロールでの長回しなど、曲の背景でその物語性を映像だけで語るMVでの経験が存分に活かされているように感じました。

 

 1982年のワン・レイと、その娘である2013年(現在)のバイを、一人二役で演じた主演のルゥルゥ・チェン。日本のドラマの台湾リメイク版に立て続けに出演して人気のようです。一人二役ということで当然どちらも可愛いのですが、82年版ワン・レイのまぁそれはそれは可愛いこと可憐なこと。こういった2つの時代のヒロインを同じ人が演じる場合、どうしても昔のほうが見た目がやや野暮ったく描かれる傾向にありますが(実際に今と比べたらそりゃ垢抜けてないんだから仕方ないのでしょうが)、今作では完全に82年のルゥルゥちゃんの勝ちです。おかっぱ頭をこれほど可愛く思える日が来ようとは(笑)。

 よく見ると82年のワン・レイのほうがメイクがはっきりしているので、その違いもあるのかもしれません。それ以外にも同一人物に見えるようにお母さんワン・レイに寄せているような感じが見てとれます。

 

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 現代のリン・クーミン役のリッチー・レン氏は、おそらく撮影当時の年齢が今の私と同じくらいなので(んなこと誰も知らないって)、まぁ年相応の見た目かなという感じで、超個人的な同性の目線からの感想は「悪くはないけどとくにハンサムでもない」という印象なのですが、82年版リン・クーミンがめちゃめちゃイケメンなのでちょっとアレ?っていう…。現代のイエ(バイのことが好きな男友達)も悪くないんですが、男女ともに82年のほうが美しいという結果に(※個人の感想です)。

 それに対して現代のワン・レイ役のアリッサ・チアは、2003年に英国の男性雑誌「FHN」にて「アジアで最もセクシーな女優」に選ばれたというのも納得の美しさです。

 そして映画を見ていて「おや?」と気になったのが、バイの親友ウエンを演じたタレ目が特徴的なシャオ・ユーウェイ。もしかして…と思って調べてみたらやっぱり。ちょうど今「ホームドラマch」で放送されている台湾ドラマ『華麗なるスパイス』の主演女優ではないですか。今作ではおじゃま虫的な役どころでしたが人気のある女優さんだったんですね。

 というか今作での役柄も、主人公バイの立場から見れば“親友を裏切った子”という扱いなのかもしれませんが、彼女にしてみれば親友と同じ男の子を好きになってしまっただけであり、それについて協定を結んだわけでもなければ、そもそも「裏切った」わけでもありません。さらに言えば父親が浮気をしていることを知って、バイとはまた違う理由で心を痛めている一人の17歳の高校生、というだけなんですよね。まぁそこが理解されず関係が複雑になってしまうところが若さというものなのでしょうけれど。

 

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82年の台湾・台北

 

 17歳のリン・クーミンとワン・レイが生きた82年という時代、台湾ではまだ戒厳令が解かれていない頃ではありますが(解除されたのは87年)、ほぼ同じ時期の80年代前半~半ば頃が舞台となっているエドワード・ヤン監督『台北ストーリー』『恐怖分子』での台湾・台北の様子からしても、日本の80年代前半とそう大きくは変わらない社会・生活様式のように見受けられます。

 もちろん、生徒は軍服のような制服を着ていますし(女子が軍服風の制服のときと白ワイシャツ&黒or紺スカートの制服を着分けるのはどういう理由?という疑問が…)、表彰の際には敬礼をすることや、退学した後の身の振り方として兵役という選択肢があることなど、大きく違う部分もありますが。生徒が持ってきた弁当箱をぬくぬくに保管しておく「弁当保管室」なる場所があるのが斬新だなぁと思ったんですが、日本でも同じシステムを持った学校はあったんでしょうかね。

 

 また、映画でよく見る台湾の学校は(昭和世代の)日本人である自分が見ると、造りに特徴があるように感じます。

 先にも書いた『藍色夏恋』『あの頃、君を追いかけた』以外だと、例えば『牯嶺街少年殺人事件』の舞台となっている学校も、同じように中庭とかコートを囲むような造りで、そして通路のごつい柱なんかが日本の公立校の校舎とは違っていて趣があります。『牯嶺街~』は60年代の物語ですが、台湾の歴史を考えると、同じ時期に同じような造りの建築物がたくさん建てられたのだろうなということが予想されます。

 ちなみに今作での学園祭のシーン(2013年)で、ステージの後ろに「開校50周年」的なことが書いてあったのでやはりここも60年代に出来た学校のようです。まぁそんなこと知ってどうすんだよって話ですが(笑)

 

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時が経つのは早すぎる!

 

 これは卒業アルバムにワン・レイが書いていた言葉です。

 こういう言葉…卒アルや文集にさらっと書かれがちなセリフですが(笑)、その言葉の本当の重みを知るのはずいぶん年を取って「あぁ、もうあの頃には戻れないんだな、もうあんなに遠くなってしまったんだな」ということを痛切に感じたときなんですよねぇ…。

 

 青春時代に初めて心を通わせた相手が、30年経ってふたたび自分の人生に重なってくる──なんてことは現実ではまず起こらないことだけに(同窓会などでの一時のファンタジーはあるかもしれない 笑)、おじさん・おばさんになった現代のリン・クーミンとワン・レイに、ついつい自分の人生を重ね合わせて何とか幸せになってもらいたいと思うのかもしれません。

 

 

 “記憶の中の君はいつも17歳のまま”で、そして“決して振り向かない”

 

 そしてこれはワン・レイからのメールに返信したリン・クーミンの言葉です。

 

 

「決して振り向かない」

 

 

 自転車で追いかけたときも、バスで後ろに座っているときも、家の前までついてきて手紙を渡したときも、ワン・レイは少し後ろを気にするだけで決して振り向きません。だから彼にはそのとき彼女がどんな表情をしていたのかが分からなかったのです。

 

 そして机の中に入っていたレコードも、自分が渡したものを突っ返されたと思っていたため、それがワン・レイからのお返しだったことにも気付きませんでした。

 

 ようやく彼の想いが受け入れられ、成就したそのときも本来であれば夢心地で人生の最高潮の中にいるはずだったのに、彼らの純愛とは真逆にいるような大人たちの行為を目撃してしまったことによって、たった一度だけの儚い幸せな瞬間となってしまったのでした。

 

ですがこの経験を経てすれ違い、別の人生を歩むことになった彼が30年後、自分と同じように傷付いた少女──彼女の一人娘であるバイの心の扉を開くことになるという……

 

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大人もわかってくれない

 

 バイは母親のことですでにいっぱいいっぱいで、心に余裕なんて全くない状態。それでも親友や好きな男の子の存在もあって明るさを保って暮らしていましたが、その親友と(実は両想いの)好きな男の子とのことで深く傷付くことになってしまいます。

 

 純粋さと潔癖さが、現実とまだうまく折り合わない十代の最も多感な時期に、最も起きてほしくないタイプの裏切り(実際はそういうわけでもないのですが)に遭い、ボロボロの心で、すがる思いで母と離婚して今は上海に暮らす父に電話したのに、返ってきた声は全く話に聞いていなかった、まだ幼い腹違いの弟のものでした。

 

 一般的に高校生くらいの時期は、人間関係の問題について大人を頼ったりはしないものです。それでも疎遠の父に連絡を取るなんていうことはよっぽどの事なわけです。唯一何でも話せる存在の親友に裏切られ、仲の良い母親は昏睡状態…。どこにも助けを求める場所がなくて最後にすがった父親(=子どもにとっては無条件で味方でいてくれるはずの存在)であったのに、別れた元妻を見舞いに台湾へやって来て、娘に通帳とケータイを渡して「一緒に上海で暮らそう」と言ってくれたその父が、とっくに新しい家庭を持って子どもまでいたなんて……

 自分の好きな男子が自分の親友とこっそりやらしいことをしてたのを見てしまい、心底傷付いて人間不信になりそうなときにすがった相手(父)も、口では優しいことを言っておきながらしっかり次の相手と子ども作ってました──という事実。

 

 これはあまりにも辛い。見ていて本当に心が痛くなる場面です。親友や男友達はともかく、大人が、親が止めを刺してどうするのか、と。

 

 がしかし、ひとしきり泣いて思い出したようにコンタクトを取った相手──まだ見ぬ謎の男リン・クーミンこそが実は、自身の傷付いた心を解ってあげられる存在だったのでした。なぜなら彼もバイと同じ17才のとき、純粋であるが故に大人の汚れた姿(少なくとも思春期の純愛まっしぐらの少年にはそう見える)に傷付き、人生を大きく変えてしまう事件を起こした経験を持つ男であったのです。

 

 この、リン・クーミンとバイがそれぞれ経験したことの関連性についての描写や説明は特にありませんが、こういう回収のされ方で報われていく話は大好きです。悪いことは何もしていないのに、何かの選択をほんの少しだけ間違ったことで大切な何かを失ってしまった──という経験はおそらく誰にでもあり、そしてそこで失ったものは大抵の場合取り戻すことはできません。だからこそリン・クーミンとワン・レイの二人には、この物語に続きがあってほしいと願い、バイにも17歳としての幸せな生活を送ってほしいと思うのです。

 

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風とともに去らず

 

 手紙を渡したリンは、走り去るワンにこう言います。

 

「返事 待ってるからな!」

 

 返事をもらう前に、リンは学校を去り、ワンの前から姿を消しました。

 

 

 母とリンを会わせた日、話の流れからバイはリンにある提案をします。言葉が出てこないでいるリンに、バイはこう言って去っていきます。

 

「返事 待ってるね!」

 

 

 かつて自分が投げた問いの答えを受け取る前に去っていった少年が、30年後にようやく受け取ったのは、その娘による“代理の告白”という返事だったのでした。

 

 

 

 これまでずっとセピア調で描かれていた82年の台北・そして彼らと彼女たちが、エンドロールでは美しい色彩で映し出されます。

 

 木漏れ日、土の上に落ちる雫、校庭に写る少女たちの影、天気雨、真っ赤な傘、水たまり、夕日とレコード、風に揺れる木々を見ながらしばらく佇む4人の少女──

 

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遠い思い出でしかなかった過去がはっきりと色を帯びて蘇ってきた今、エンドロールが次の物語の始まりに変わることを願ってやまないおじさん(私)なのでありました(笑)。

 

こんな方におすすめ

  • 『花様年華』のレビューはこちら
  • 『藍色夏恋』のレビューはこちら
  • 『牯嶺街少年殺人事件』のレビューはこちら
  • 『ONCE ダブリンの街角で』のレビューはこちら
  • 『はじまりのうた』のレビューはこちら
  • 『シング・ストリート 未来へのうた』のレビューはこちら

 

  • この記事を書いた人

三崎町三丁目通信主筆・K

三崎町三丁目通信の主筆(個人運営ですが)をしておりますKです。映画の感想を中心に、趣味で続けているスペイン語学習(DELE A2取得で止まっています)と最近始めた英語学習のことなどを書いています。本業はフリーランスのグラフィック&エディトリアルデザイナー。びっくりするくらい将棋が弱いです。

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